第28話 連絡
「2LDKとかですかね?」
「いや1LDKでいいんじゃないか? どうせ同じベッドで寝るんだし。その代わり寝室広めの部屋ににしよう。大きいベッド置きたいからね」
「クイーンとか置いちゃいます?」
「最高だね」
真琴はマンスリーマンションを解約して、悠人の部屋に戻ってきており、とある週末、二人は一緒に住む家を探していた。
同棲する物件を選んでる時が一番楽しいとは先人たちから伝え聞いていたが、いざ自分が体験するともはや楽しいどころの騒ぎではない。同棲って最高だ。
「ただちょっとお金は心配ですね……。一人暮らし始めてから全然貯金できてなくて……」
同棲を始めるにあたって基本的に懸念事項はないが、強いて挙げるとすれば金銭面だ。
毎月の給与はほとんど生活費に消えるため、貯金できるタイミングはボーナスが出たときだけ。公務員なのでボーナスがないということはありえないが、それでも貯金額はギリギリ三桁に乗るか乗らないかぐらい。同棲を始めるにしては少し心許ない。
「ああ、それなら問題ないよ」
そう言いながら真琴は素早く手元のスマートフォンを操作し、ある画面を悠人に見せた。
「……は!?」
そこには悠人の貯金額の十倍以上の数字が並んでおり、悠人は驚愕の視線を真琴に向ける。
その視線を受けた彼女は淡々と口を続けた。
「私、お金使わないんだよ。趣味も特段ないし、日々の生活は毎月の給料で賄えるから、ボーナスとか全部貯金の時もある。気づいたらこんな感じになってたんだ。だから使わせてくれ」
「いや、そういうわけにも……」
「しばらくは家事も任せてしまうだろうから、頼むよ。せめて払わせてくれないか」
確かに収入の格差も、家事の負担も偏りはあるだろうが、それでもお金をなるべく折半したいという気持ちはあった。
だが現実問題、真琴のほうが稼ぎがあって、悠人の方が家事ができる。これはあくまで役割分担。支え合ってこその恋人関係ではないだろうか。
「……わかりました、頼らせてもらいます」
「ああ、存分に頼ってくれ。このこと以外もそうだ。何か問題が起きても、我々は落ち着いて話し合うことができる。だから都度、しっかり話そう」
「……」
「? どうした?」
「なんか感動してます」
「どこにそんな要素が……?」
「俺まともな人と付き合えるんですね」
「これでまとも判定なの君の元カノたちイカれすぎてないか?」
確かに、まともに話し合いができなかったり、話し合えると豪語をしていた人もいざ蓋を開けたら自分が100%正しいと思っていてこちらの意見に全く耳を傾けなかったり、様々な人と付き合ってきた。
それらを経てから真琴と付き合うのは、悪魔と出会ってからボロボロにされてから天使と出会うようなもので、その差に風邪を引きそうになる。
けれど元カノたちと付き合ったからこそ真琴のありがたみが分かっているので、そこはある意味感謝だ。あとはしっかり成仏してほしい。
「そもそも生活態度がまともではないしな……」
「そこはいいんですよ。そもそもこの一ヶ月間俺が真琴さんに対して苦言を呈したことがありますか?」
「恐ろしいことに一回もない」
「でしょう? だから俺真琴さんの分の家事をやることとか何の苦でもないんですよ。……まあちょっと力が入りすぎてしまった節はありますが」
「もう倒れるのだけは勘弁してくれよ」
諭すように真琴が呟く。
悠人としても同じ轍を踏むのは避けたいし、もう真琴に迷惑はかけられない。
だから同棲を始めるにあたって、一つだけお願いがあった。
「それは本当に気をつけます。それで、その、それに付随して買いたいものがあって……」
「なんだい? 何でも買ってあげるよ?」
——本当に何でも買いそうだな、この人。
それは怖いのでやめていただくとして。
「前々からドラム式洗濯機とか食洗機とか、時短できるような家電欲しいなって思ってて……、これを機に購入できないかと……」
「なんだそんなことか。じゃあ今度買いに行こう。まあ詳しいことはわからないから、お任せすることにはなるけど」
「全然! ついてきてくれるだけありがたいというか……」
「君が今までどんな目に遭ってきたか想像するだけで悲しいよ……」
自分ではなかなか手が出せないものを買ってもらえるだけでありがたいのに、買い物にまでついてきてくれるなんて真琴はなんて優しいんだと、悠人は本気で思っている。
「あ、そうだ」
悠人が感慨に耽っているのと、真琴が何か思い出したかのようにポンと手をたたいて話し出した。
「君には懸念事項があるはずだ、悠人くん」
「普通懸念ってある側から言い出すことでは? あと別に金銭面以外で懸念ないですよ」
「いやあるね、私たちの最初の契約を覚えているかな?」
「え? あー……泊まらせる代わりに真琴ことさんのこと好きに使っていいってやつですか?」
口に出して、その内容のやばさに戦慄しかける。気が触れているしか思えない。
「そうだ。じゃあ悠人くん、その文章をもう一度口に出して言ってみたまえ」
真琴が口にすることがいまいちわからないが、とりあえず言う通りにする。
「泊まらせる代わりに、真琴さんのことを好きに使ってい——泊まらせる代わりに……!?」
そこで悠人はようやく、ことの重大さに気づいた。
「ふふ、気づいたようだね。そう、同棲を始めたらこの前提条件が破綻する。つまり君は私のことを好きに使うと言う大義名分を失うというわけさ!」
「そん……な——」
迂闊だった。まさか同棲にそんな罠が潜んでいるなんて。
「くそ! どうしたらいいんだ……!」
また交換条件をつければいいのか。
何か差し出せばいいのか。
悠人の頭では、この状況をひっくり返す策を思いつくことがどうしてもできなかった。
もう打つ手はないかと思われたその時、真琴は口を開く。
「でも安心してくれ、悠人くん。私と同棲すると特典があるんだ」
「特典……?」
絶望の中、なんとか問い返した悠人に、真琴はウインクしながらこう告げた。
「私のことを好きに使っていいって特典さ」
「真琴さん……!」
暗闇の中に一筋の光が差した。いや一つどころではない。漆黒の闇が一瞬にして暖かい光に包まれたかのような感覚。
「俺、真琴さんに一生ついていきます!」
「ふふ、一生側にいてくれ」
そんなやりとりをするくらい、二人は浮かれていた。
これから先どれだけ楽しいことが待っているのだろうと信じて疑っていない。
そしてこれがずっと続くのだとそう思っていた。
そんな幸せを噛み締めていた、その時。
ふと、真琴のスマートフォンが震えた。
「ん? なんだろう?」
真琴がスマートフォンひっくり返し、特段隠す様子もなかったので、その画面を覗き込む。
するとそこには、「父」という名で着信があった。




