第27話 余韻
「湯船浸かるまでに何回した……?」
「ちょっと覚えてないですね……」
お世辞にも広いとはいえない湯船に、悠人は真琴を後ろから抱きしめる形で浸かっていた。お風呂に入っているだけなのに、随分と憔悴した顔で。
「しかも生で……」
「いや生でしろって言ったの真琴さんだよね?」
「それも中に……」
「出せとも言ったの真琴さんだよね!?」
以前よりピルを飲んでいるから別に良いと言われていたが、様々なリスクを考慮して悠人は頑なにそれらを拒否していた。
だから今回悠人が真琴に言われるがまま流されたのは、当然風呂場というのもあるが、どう転んでも責任を取ることができる立場と覚悟を手に入れたからだ。
「子供できたらどうしようか?」
「そしたらその場で婚姻届書来ますよ」
「……頼もしいね」
真琴は身を委ねるように悠人に寄り掛かる。それに呼応するように、悠人はその細い身体を後ろから抱きしめた。
「……なんか当たってるが」
「しょうがないでしょう、一週間もまともにしてないんだから」
実際それどころではなかったが、心身ともに回復しかけていたところで、一緒にベッドで寝た時は理性を持つのに必死だった。
一人で処理することもままならず、悶々とした日々を過ごしていたのだ。
「あの君が一週間も我慢できるとは思えないんだが」
「誓って性的な接触はしてません」
「なるほど、性的じゃない接触はしたと」
「……手を握られました」
素直に答えると、真琴が後頭部で頭突きをしてきた。避ける暇もなく、鼻に直撃する。
「いってえ! 不可抗力なのに!」
「でもどうせ君のことだから振り解くこともしなかったんだろ」
「……まあ、はい」
「そういう隙がさあ、あるからさあ、告白とかされるんじゃないかなあ」
今度頭突きではなく、ぐいぐいと後頭部を押しつけてくる。かわいい。
「す、すみません……」
「でも少し妬けてしまうな」
「手を握られたことですか?」
「違うよ、君が彼女に対して怒ったことさ」
「あー……」
確かに悠人は、真琴の事を一度も怒ったことがない。彼女がどんなに怠惰だろうと、あれをしろこれをしろと言ったことすらない。
けれど凪に対しては感情を露わにした。
怒る練習にも付き合ってもらったのにも関わらず、実際に怒ったのは他の女。
逆の立場になって考えれば、確かに妬ける。
「……すみません、軽率でした」
「いや、君が怒れるようになったこと自体は素晴らしいことなんだ。だがその相手が私じゃなかったのがどうも引っかかってね……。意外と器が小さいんだな、私は」
「……」
とはいえ、もう過去は変えられない。
だから悠人が与えられるのは、この先の未来。
「じゃあ真琴さん、代わりと言ってはなんですが、この先の俺の初めて、全部もらってくれませんか?」
「え?」
「これから先生きていく上で、初めてのことっまだたくさんあると思うんです。俺はその全てを真琴さんとやりたい——というか、真琴さんとじゃないと嫌です」
こんなことしか思い付かないが、これが悠人にできる最大限の誠意だった。
「……君は優しいな。わかった。その役目、不祥秋津真琴が引き受けるよ」
「ありがとうございます。ちなみに生でしたのも、中に出したのも、真琴さんが初めてですよ」
「おや、それは早速嬉しいね。ちなみに私も初めてだ」
「え!? あの感じで!?」
悠人の声が風呂場に反響する。
ピルを飲んでいることや、元彼との付き合いが長い時点である程度覚悟していたため、思わずでかい声が出た。
「……君たまにナチュラルに失礼だよな。私だって別に、誰にだってこんなこと許すわけじゃないぞ」
「いやだって元彼と長いからしてるもんだと……」
「心外だなあ。そもそも元彼とはレスだったから、ここ数年してすらないのに」
「数年……」
悠人も過去付き合った女性と数ヶ月レスだった時期があったが、一方的に断られるだけで相当精神的に辛いものがあった。それが年単位となるのは、想像すらしたくない。
「それ自体は相当しんどかったが、振られたら人生詰むと思っていたからね。必死で我慢したよ。でも振られて大正解だったな。こんな素敵な人間に拾ってもらえた」
「だとしたら、せめて付き合ってから生でしろとか中に出せとか言ってもらっていいですかね……? 結構最初の方から言ってませんでした?」
「それは、まあ、そうかもしれないが……。しょうがないだろ、結構最初の方で好きになってしまったんだから……」
「っ……」
消え入りそうな声で真琴がそう呟く。
先ほどから致死量のデレをもらってるというのに、ここに来て重ねてくるのはもう完全に殺しに来ている。
あまりの愛おしさに、悠人は後ろから再度きつく抱きしめた。
「もう離しませんから」
「ああ、離さないでくれ」
その日は体力の限界が来るまで、深く深く、愛し合った。




