第26話 雪解け
「以上が事の顛末となります。大変申し訳ございませんでした」
五分後。
ベッドに足を組んで腰掛ける真琴に向かって、悠人は土下座をしていた。この一週間の出来事を洗いざらい全て話し、許しを乞うている。
「ふーん。例の女の家に一週間も。その上私が指摘した通りになって、告白までされてきたと。ふーん」
悠人としても、説明せずにばっくれようと思っていたわけではない。その説明をいつすべきか悩んでいただけだ。
——いや、言い訳だな、これは。
最初から誠意を持って説明していれば、隠していたという疑いをかけられずに済んでいた。
「人には浮気とか言っといて、浮気っぽいことをしてるのは自分の方じゃないのかなあ……?」
「返す言葉もございません……」
勢いに任せてあんなことを言ったが、完全に失言だった。どう考えても自分の方がその状況に即していた。
悠人にはもう、誠心誠意謝罪するしか道が残されていない。告白するハードルがまた1つ上がってしまった。
「……なんてね」
ここからどう巻き返そうか頭を悩ませていると、目の前に座った彼女はそう呟いた。
「……どういう意味です?」
悠人は下げていた頭を少し上げ、様子を伺うように問う。
「私に君を責める資格なんて無いということさ。だってそもそも、君が倒れる原因を作ったのは私で、君の心を何もできなくなるくらいまでボロボロにしたのも私。そんなやつが君のことを責めるなんて、出来るわけないだろう」
「真琴さん……」
今度は彼女が、悠人に頭を下げた。
「本当にすまなかった。何もかも君に押し付けたこと、相談もせず勝手に出て行ったことも、簡単に許してもらえると思ってないが、この通りだ」
悠人としては当然、この件に関して真琴を責める気なんて毛頭ない。倒れたことに関しては自己管理不足だと思っているし、メンタルに関しても自らの心の弱さが原因だ。
だからこうして、謝罪される理由はないのだ。
けれど、ここで悠人が「いや自分が」と反論すれば、終着点が見えなくなり堂々巡りになってしまう。それはきっと真琴も望むところではないはず。
だからここで、悠人の方から引き下がる。どの口で言われたらそれまでだが、それでも、悠人がその役を引き受ける他ない。
「……頭を上げてください、真琴さん。俺は真琴さんが悪いなんてこれっぽっちも思ってませんから」
「でも……!」
「はい、分かってますよ、真琴さんがそれで納得しないことは。だから、両成敗ってことにしませんか? 多分互いが互いに、ちょっとずつ至らなかったんだと思うんです。なので、互いに罰を受けましょう」
「罰……?」
悠人は彼女の漆黒の双眸を見据える。
——ああやっぱり、綺麗な瞳だ。
「一緒に暮らしましょう、真琴さん」
その言葉に、真琴はポカンと口を開ける。見たことがない表情だ。
「……え? それが、罰……?」
再起動したようだが、まだ理解してない様子。
そんな真琴に、悠人は笑顔で応えた。
「罰ですよ。だってほら、真琴さんは苦手な家事をやらなきゃいけないし、俺はそんな真琴さんのこと怒らないといけないんですから。充分罰でしょう?」
「……」
互いに苦手なことをする、そんな罰の形があったっていいはずだ。
「……本当に、私でいいのか……?」
「真琴さんがいいんです」
「家事だってまだ何もできないし」
「真琴さんならすぐできるようになりますよ。できなくても、俺がやります」
「性格だってめんどくさい」
「そう思ったことないですけどね」
今度は真琴の瞳が、悠人を見据えて離さない。
「けれどもし、こんな私でいいと言ってくれるなら……私は君と——悠人くんと一緒に暮らしたい。できればこれから先も、ずっと」
悠人は真琴の前に跪き、そのまま彼女の手を取った。
「もちろんです。あと、本来ならこっちが先でしたが……、大好きです、真琴さん。俺が必ず幸せにするので、これからもずっと隣にいてください」
少しだけ遠回りをしてしまったが、ようやくここまできた。
凪のときは遅かった。
真琴にも、最初は言葉にすらできなかった。
だから、本当にようやく。
自分の気持ちを相手に伝えられることがどれだけ恵まれたことか。
そしてその気持ちが通じあっている状態がどれだけ幸福か。
それを身をもって体感した悠人に、もう慢心はない。
全身全霊をもって真琴を幸せにする。それが悠人のすべきことだった。
真琴は悠人の手を強く握り返す。
「……ありがとう。私も悠人くんのことが大好きだ。でも、一つだけ間違っているところがある」
「え、間違っているところ、ですか?」
「ああ、大いに間違えている。いいか、どちらか一方が幸せにするんじゃない。私と、君とで幸せになるんだ。一緒に、幸せになるんだよ」
「一緒に……」
悠人が真琴だけを幸せにしても、それでは少し前と変わらない。倒れるという同じ轍を踏む可能性だってある。
だが今は、真琴がいる。心の底から信頼できるパートナーがいる。
頼ったっていいし、甘えたっていいのだ。
——もう一人でどうにかしようと思うのは、やめよう。
「そう……ですね。はい、二人で幸せになりましょう、真琴さん」
「ああ」
そのまま見つめ合う悠人と真琴。
いつもならこのまま抱きしめてキスするところだが、今悠人は他の女の匂いを纏っている状態だ。いつまでもこのままというわけにはいかない。
「すみません、お風呂借りますね。すぐ出てくるんでちょっと待っててください」
そう言い切って立ち上がろうとしたが、真琴が手を離してくれなかった。
「真琴さん?」
「いや、その……お風呂、一人で入れるか……?」
「え? そりゃ入れ——」
入れますよ——そう答えようとしたところで、悠人は止まった。真琴の意図に気がついたからだ。そして、茶化すこともしなかった。
真琴が求めている言葉を、素直に口に出す。
「入れないです、一人じゃ」
「そう、だよな……入れないよな……。だったら、誰かと入らないといけないよな……?」
「はい、誰かと入らないといけないです」
「……じゃあ、一緒に入ろ……?」
「……っ!」
過去例にない、致死量のデレを浴びて悠人は悶絶しかけた。正しい意味で。
——なんだこの人可愛すぎるだろ。
上目遣いとともに放たれた、男を殺しかねない言葉に、悠人の理性は吹き飛ぶ寸前だった。
けれどなんとか、下唇を思いっきり噛むことで、このまま襲いたいという衝動を抑えることに成功する。
とはいえ、もう我慢の限界だった。
「わ、ちょっと! 待って!」
悠人は返事もせずに、真琴ひょいと抱きかかえた。以前した時と同じように、お姫様抱っこで。
「君はこの運び方しかできないのか! もっと他にあるだろう!」
「いやちょっとできないすね」
「そんなわけないのに!」
「……嫌ですか?」
「っ……、別に嫌では、ないけど……」
「じゃあこれからもこれで」
「もう〜! ずるいって〜!」
暴れる真琴を何とか抑え込み、悠人はそのまま彼女風呂場に担ぎ込んだ。




