第25話 再会
「ここ、か……」
悠人は息を切らしながら、真琴が借りているマンスリーマンションの前に立っていた。足はもう棒のようで、肺は酸素を求めて忙しなく動いており、正直経っているのがやっとだ。
なんとか息を整え、真琴の部屋番号をインターホンで押す。少し待つと、彼女の声で応答があった。
「はい……って悠人くんじゃないか」
「すみません、夜分遅くに。話があってきました」
「それは構わないが……今じゃなきゃダメか?」
「はい、今じゃなきゃダメです」
「うーん、そうか……」
金曜の夜に押し掛ける方もどうかと思うが、いつでも来ていいと言ったのは真琴のほうだ。その割にやけに渋っている。おかしい。
もしかして。
「……浮気ですか?」
あらぬ疑いをかけられた真琴は、大声で反論した。
「浮気も何もまだ付き合ってないだろう! いや、そもそもそういう話じゃなくてだな……!」
なんだか煮えきらない様子の真琴。だが悠人としてもここまで来て譲る気はなかった。
「じゃあいいじゃないですか」
「いや、でも……」
「やっぱりうわ——」
「ああもうわかったよ! できるだけゆっくり来てくれよ!」
渋々といった感じではあったが、その返事とともにエントランスのドアが解除される。それを合図に、素早くをドアを通過し、全力で階段を駆け上った。
◆
ドアベルを鳴らすと、インターホン越しの独特な音声で真琴が応答した。
「君絶対階段使って来ただろ!」
「…………何の、こと、ですかね……」
「めちゃめちゃ息切らしてるじゃないか!」
「いいから早く開けてくださいよ……」
「とても夜に押しかけて来たやつの態度じゃないな!?」
「話を逸らして時間を稼ごうとしている……? やっぱり浮気……!?」
「違う! ああもう、笑わないでくれよ!」
半ばヤケクソになった真琴は音声を切り、少し待つと玄関のドアが開錠され、部屋着姿の真琴が現れた。
なんだか居心地が悪そうな様子で、
「まあ、その、なんだ……とりあえず、久しぶり」
そう挨拶した。
たった一週間会っていないだけなのに、その面影にひどく懐かしさを覚える。それだけ、真琴といる毎日が当たり前になっていたということだろう。
部屋着ですっぴんのはずのなのに、相変わらず綺麗だった。
「……はい、お久しぶりです。特に笑うようなところは見受けられないですが……」
「見た目じゃないんだ。……まあ、中に入ればわかる。入ってくれ」
「? わかりました」
真琴に招かれ、部屋に足を踏み入れる。
どれほど荒れているか正直心配していたが、玄関時点では悠人の部屋と同じくらいでそれなりに整理整頓されていた。
廊下にキッチンが見えるので、間取りは恐らく1Kだろう。そのまま素通りしてリビングに向かおうとした、その時。
視界の端に、全く想定していなかった光景を捉えた。
「……え?」
スルーしようとしていたキッチンに、作りかけの料理や調理道具が並んでいたのだ。
状況から見るに、悠人が来るまで作っていたようだし、ハウスキーパーがいるわけでもないので、あの真琴が自らの手で作っていたものということになる。
「真琴さん、これって……」
悠人が真琴の方に視線を向けると、彼女は諦めたように説明をし始めた。
「……まぁ、見ての通りだが……この一週間、料理を勉強してたんだ。君が倒れてかなり責任を感じていてね。これからも一緒にいたかったけれど、今のままじゃまた君に苦労をかける。だから一人で暮らして、最低限の家事を自分でできるようになりたかったんだ。そうすれば、君の負担も減るだろう? けど、こんな有様だ。笑ってくれて構わない」
確かに、キッチンの上にある料理はどれも成功しているとは言い難かった。けれど、それがどうしたというのだろう。
少し恥ずかしそうに、いつもより若干早口で言葉を並べる真琴に、悠人は筆舌尽くしがたい、愛おしさといじらしさを感じ、気がつけば抱きしめていた。
一週間会えなかった分を含めて強く、信じられないほどの多幸感に包まれ、気持ちを伝えるなら——告白するならここしかないと、そう思った時。
「他の女の匂いがする」
「え」
一世一代の勝負に出た男の覚悟は、その一言で粉々に砕け散った。




