第23話 夢の終わり
「今日は出かけますよ!」
そんな凪の元気な号令で悠人は目覚めた。
彼女の家で過ごす三日目の朝。それだけ暮らせばこの生活にも慣れるもので、それはもう快適な睡眠を取れている。ネットカフェにいた頃とは大違いだ。
身体も充分に休息が取れ、一日出かけても大丈夫なくらいに体力は回復している。どんとこいだ。
「どこ行きたいの?」
一通り朝の支度を終え、朝食を摂りながら悠人が問いかける。
「片桐さん今仕事着ないですよね?」
「ああ、そうね。全部家にある」
取りに帰れば当然あるのだが、まだあの場所に戻るには抵抗がある。身体は回復しても心までは回復していないらしい。
「仕事着はユニクロで買ってるって言ってましたよね?」
「うん、公務員に良いスーツなんて必要ないからね」
もちろん部署によるだろうが、男性の場合は襟さえあればネクタイがなくとも問題がないというルールに最近変わり、スーツの必要性も全く感じていない。一着も持っていない先輩もいるくらいだ。
「それは軽く問題発言な気がしないでもないですが……。でも、ようやく合点がいきました」
「どういう意味?」
「こうやって女の子の家から職場に行く時に職場の人に違和感を持たせないようにするためだったんですね」
「違うよ!? 何そのカスのライフハックみたいな! そんなことないから!」
あまりにも的外れなことを言われたので全力で否定する。
けれど確かにユニクロは全国どこでも同じ物を売っているので、普段着ているものと同じものを買えば、自分の家から出勤してきたという体を作ることができる。クズ男界隈があれば涙を流して感謝することだろう。まあ、悠人が使うことはないが。
結局普通に買い物もしたいという凪の要望にも応えるような形で、二人は千葉ニュータウン中央駅まで足を伸ばした。
千葉ニュータウンは新鎌ヶ谷から電車で十分程で着く、駅前にイオンやコストコをはじめとする商業施設が立ち並ぶ街だ。休日の今日は家族連れで賑わっており、二人もうまくその景色の中に溶け込んでいる。
「言っちゃなんだけど、ここで良かったの? 日曜だし、東京の方まで行けばよかったんじゃ?」
お世辞にも千葉ニュータウンという街はキラキラしているとはいえない。ここに住めば生活に困ることはない、いわゆる典型的なベッドタウンというのが悠人の評価だ。
そんな悠人の疑問に、凪は「ちっちっち」と口に出しながら、人差し指を交互に振った。かわいい。
「甘い、甘いですよ片桐さん。日曜日の東京なんて人多くて行けたもんじゃないですから。今日必要なのものもここで買えますし、それに私ここ結構好きなんですよね」
「赤塚さんがいいならいいんだけどさ……」
「いいんです。私チェーン店で喜ぶ女ですよ? 寧ろ贅沢までありますって」
彼女はそう言ってケラケラ笑った。悠人としては高い店だろうがチェーン店だろうが、喜んでくれるならどこへだって連れて行くが、彼女のその在り方自体は好ましく思う。結局、一緒に行く人次第ということだろう。
「それじゃ、行きましょう!」
凪に手を引っ張られ、怒涛の買い物が始まった。
◆
「いやー買いましたね!」
「そうね、買ったね……」
両手が荷物でいっぱいになった悠人と、小さい紙袋を一つ抱えただけの凪は、丸一日千葉ニュータウンを回って帰宅した。
荷物持ちは当然悠人が名乗り出たが、少しずつだが着実に増えていくそれに、戦々恐々したことを覚えている。「どこまで増えるの?」と聞いて。「まだまだ」と満面の笑みを返された時の絶望は忘れられない。
夕食も外で済ませてきたので、後はお風呂に入って寝るだけ。二人は順番にそれらを済ませ、寝る準備を整えた。
布団に入ったところで、悠人はふと疑問を口にした。
「……赤塚さんはさ、俺に何があったかなんで聞かないの?」
それはずっと口に出す勇気が持てなかった問い。
聞くことが怖くて、逃げ続けていた問い。
けれど意を決して言葉にした悠人に対して、凪の態度は軽いものだった。
「うーん……。まあ、さすがに何かあったんだろうなと思いますけど、聞き出すものでもないなと思って。話したいと思ったら話してもらって大丈夫ですし、なんなら話さなくてもいいですよ」
「……」
思わず言葉を失った。理由を聞かずに自宅に泊めるだけでも相当なのに、そもそも理由なんてどうでもいいと彼女は言う。
悠人には到底真似できない器の広さと寛大さを凪は持ち合わせていた。
けれど、だからこそ、凪に話さなければいけないと思う。この凪の優しさに甘えることもできるが、それではいつまで経っても、凪に、そして真琴にも顔向けできない。
この痛みに、向き合わなければならないのだ。
「ありがとう、赤塚さん。でも話すよ。今週の金曜日、時間取れる?」
「……わかりました。金曜ですね、空けておきます」
「ありがとう。じゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」




