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後悔に苛まれていたら、年上のダウナー系お姉さんを飼うことになりました。  作者: 紙木 侑


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第21話 白昼夢

「お風呂ありがとうございました……」


「ちょうどいいところに! これ運んでください」


「あ、はい」


 ドライヤーまで終えてリビングに戻った悠人は出会い頭に皿を渡された。


「夜ご飯もうすぐできるので、それテーブルに置いたらソファに座って待っててください」


「え、手伝うよ」


「結構です! 客人は引っ込んでください!」


「なんか今日当たり強くない?」


 今日の凪は全体的にテンションが高いように思えた。だから口も悪いしあたりも強いのだろうけれど、それがなんだか仲が良かった頃に戻ったようで少し嬉しかった。荒んだ心が少しずつ癒されていくのがわかる。


 凪でボロボロになった心を真琴と関わることで回復させ、今度は真琴で傷ついた心を凪で癒している。


「どんなマッチポンプだ、それ……」


 嗤笑しながらそんなことを呟く。

 もう自分が不誠実なのか振り回されているのかよくわからなくなっている。


 確固たる意志を持ってればこんなにことにはなってないのかもしれないが、凪も真琴もなぜかメンタルが弱っているときに現れた。そんな状態で出会うから、きっと流されるままになってしまうのだろう。


 ——ダメだ、今は考えるのをよそう。


 これ以上自分を責めても仕方がないと考え、手に持っている皿をテーブルに置いてから改めて凪の部屋を見渡した。


 部屋の広さは七、八畳ほどあるだろうか。悠人の部屋と変わらない広さで、これまた彼女が好きな白とピンクに統一されている。シングルベッドに、メイクをする場所であろう机と椅子、そして二人掛けのソファにローテーブルといった家具がそれぞれ置かれており、それらからも日々の丁寧な暮らしが想像できた。


 悠人は凪に指示された通りソファに腰を掛け、料理の到着を待った。


「ふう……」


 そう息を漏らしてしまうくらいには怒涛の一日だった。特に凪と公園で会ってからは加速度的に展開が動いたせいか、夢のような気さえしていた。けれど今、悠人の身に起こっていることは間違いなく現実。


 振られて馬鹿みたいに落ち込むくらいには好きだった女の子の家に来ている。それは覆しようのない事実だった。


 今になってその自覚が出てきてしまい、妙に緊張してしまう。それを落ち着かせることができないまま時間だけが過ぎていった。


 そこから五分ほど経ち、凪が料理を持って現れる。


「お待たせしました。二人分作ることってまあ無いのでちょっと時間かかっちゃいました、すみません」


「いや全然大丈、ぶ——」


 凪運んできたのはオムライス。奇しくも、悠人が真琴に初めて振る舞った料理と同じだった。

 瞬間、真琴との思い出が脳内で溢れ出し、思わず苦い顔をする。


「あれ、オムライス好きって言ってましたよね……?」


 そんな悠人の顔見て凪は不安そうに問いかけた。


「ああ、うん、すごい好き。ありがとう、覚えててくれて」


 凪は何も悪くないのだから、こんなところで苦しい顔をしてはいけない。そう思い直し、なんとかその場を取り繕う。


「片桐さんには子供が好きそうなものを作っておけばいいですからね。献立考えるのも楽ですよ」


「年下にガキ扱いされてるな……」


 オムライスごときでこんなに心を乱されるなんて情けないし、何より作ってくれた凪に失礼だ。


「まあまあ。ささ、どうぞ食べてください」


「じゃあ、いただきます」


 凪が作ってくれたオムライスを口に含み、何度か咀嚼する。


 ——ああ、美味しいな。


 使っているケチャップの違いだろうか、自ら作るオムライスと違って少し酸味が強い。具もマッシュルームや鶏肉、玉ねぎといつもより豪華だ。乗っているオムレツもふわふわで、卵を多く作って使ってくれたのだろうと推察できる。それに。


 ——人が作ってくれる料理って、こんなにあったかいんだな。


「どうですか……?」


「……うん、美味しい。すごい美味しいよ。めっちゃ好きな味してる」


「本当ですか!? 良かったあ……」


「そんな大げさな」


「人に料理出す時って緊張するじゃないです——片桐さんには料理出すような知り合いなんていませんね。すみません」


「勝手に完結するな。俺だってそういう友人の一人や二人……」


「へえ誰ですか?」


「……えっと……」


「いないんじゃん」


 唯一自分の手料理を振る舞ったことがあるのは真琴だけ。だから凪の緊張もわかるのだが、真琴の名を出すのは憚られる。関係自体理解されるようなものではないし、何より凪の前で言いたくなかった。


「ほら、赤塚さんも食べて」


「話逸らすの下手すぎでは……? まあ、そんな知り合いいない方がいいですけど」


「え?」


「なんでもないです。……ん、我ながらよくできてる」


 何を言ったかはわかったが、その意図までは汲み取れなかった。


 ——さっきから含みのある発言するなあ、この子は。


 振られた身とはとはいえ、さすがに気にせざるを得ない。というより振られているからギリギリ理性を保っていると言える。振られていてよかった。いやよくないけど。


 ——にしてもなんだろう。試されてる?


 だが何を試されているのかさっぱりわからないし、考えれば考えるほどわけがわからなくなる。

 だから悠人は何も考えないことにした。というより、今はそこに割けるリソースがない。正直こうやって会話しているだけで精一杯だ。


 その疑問を一旦頭の隅に追いやって、その後は談笑に興じた。テーマは悠人がいなかったここ二日間の職場の話。それを凪が面白くおかしく話してくれる。


 彼女は基本的に矢継ぎ早に話すタイプで、話題が尽きることを知らない。会話自体は好きだが最初に投げる球を持って居ない悠人にとって凪は最高の話相手なのだ。


 おまけにここ最近彼女とこういった雑談をしていなかったので、仕事の話の後は凪の友人関係の話になり、それもまた彼女は無限に話し続けた。


 悠人も別に黙って聞いているわけではない。適宜相槌を打って、それに付随する話を思い出せば話す。まあそれでも会話の割合は九対一なのだが……。


 楽しい時間は過ぎるのが早く、夕飯を食べ終わってから一時間が経過していた。


「あ、もうこんな時間」


「ほんとだ」


 そう答えたところで、悠人は特大のあくびをかました。


「ごめん……」


「眠いですか?」


「うーん……うん、眠いかも」


「ふふ。ご飯食べてすぐ眠くなるの、赤ちゃんみたいですね」


「うるさいな……」


「かわいい」


「……年上を揶揄うんじゃありません」


「じゃあ赤ちゃんおねんねしましょうね〜」


「大人としての尊厳……」


 尊厳破壊されながらも、せめて洗い物だけは手伝おうと腰を上げると、


「ダメです今日は何もしないでください」


 そう止められた。


「いやさすがにここまでしてもらって何もしないのは気が引けるんだけど……」


「そうですねえ……じゃあ明日一日ご飯作ってくださいよ」


「そんなんでいいの?」


「それがいいんです」


 けれどそれは、明日も一日凪の家に居るということで。もう一日、滞在許可が下りたということでもあった。


「……わかった。じゃあ明日は任せて」


「はい、楽しみにしてます! じゃあ片桐さんは寝てください。ベッド、使ってくださいね」


「……」


「使ってくださいね」


 一応無言の抵抗をしてみたが、張り付いたような笑みで拒否されるだけだった。今日はもう凪の好意に甘えるほかないらしい。


「はい、有難く使わせていただきます」


「ふふ、苦しゅうない」


 そんなやりとりを終えて、凪は皿を洗いに、悠人は歯を磨いてからベッドに向かった。


「……」


 凪のベッドを前にして、悠人は黙り込む。


 ——ここで寝るのか、俺。


 目の前に広がるのは白とピンクを基調とした、いかにも凪らしいベッド。彼女が毎日寝起きしていて、きっと今朝もここで目を覚ましてあろう場所だ。

 凪の許可が出ているのだから堂々と寝ればいいのだろうか、なんとなく罪悪感や背徳感を感じずにはいられない。


 ——だいたいこんなイベントが何で振られた後に起きるんだ。

 ——仲いい時にやってくれよ。


 今夜泊めてくれる凪に感謝しつつも、そう思ってしまう自分もいるのが正直なところだ。どうして今なんだと、そう思わずにいられない。


 ——ああ、ダメだ、寝よう。


 こんな考えに至ってしまうのもまともに寝ていないせいだ。きっとそうに違いない。

 一度すべての思考を投げ捨てて、凪のベッドに身体を投げ出した。

 瞬間、凪の匂いが悠人を包み込む。


 ——うわこれ、やばい。


 人を好きになる時、その人の匂いも好きになるということがあるだろう。その例に漏れず、凪の匂いを好きになっていた。

 そんな凪の匂いに今、全身が包まれている。枕にもシーツにも掛け布団にも、大好きだった匂いが染みついている。


 正直また嫌なことを思い出すのだろうと思っていた。ひとりで勝手に悶え苦しんで、寝れない夜を過ごすのだろうと。


 けれどそんなことは起きなかった。むしろ逆で、多幸感でいっぱいですらあった。


 ふと瞼が重くなる。安心して緊張の糸が切れたのか、急に眠気が襲ってきた。


 ——ああ、今日はどうかこのまま。

 ——泡沫の夢に、溺れさせて欲しい。

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