第19話 強情
「どうして、こんなところに」
突然の、それも全く想定してない人物の来訪に、悠人は驚きを隠せなかった。
「…………ちょっとこっちの方に用事があって」
「いやこっち何もないでしょ」
事実公園の周りは住宅街しかなく、わざわざこちらに来る理由がない。
指摘された凪は、ばつの悪そうな顔してから気まずそうに笑った。
「実は帰り道で片桐さんを見かけたんです。ふらふら歩いてたから、気になって後つけちゃいました。すみません」
そう言って彼女は頭を下げた。
「いや、謝ることではないけどさ……」
どちらかと言うとこちら側のミスだった。時刻は十八時になろうとしており、駅周辺に退勤した職員がいることは想像できたはず。
正直そこまで頭を回す余裕がなかった。だから当然、凪を相手にする余裕もない。
「赤塚さん悪いんだけど——」
「って片桐さん顔色めちゃめちゃ悪いじゃないですか! クマもあるし!」
「え?」
「ご飯ちゃんと食べてます!?」
「いや今日はあんまり……」
「ちゃんと寝てます!?」
「いや今日はあんまり……」
凪の勢いに負けてつい正直に答えてしまう。
「ダメですよそんなんじゃ! 体調崩したんでしょ? だったらちゃんとしなきゃ。ほら送るんでお家帰りましょう?」
「お母さんかな?」
あまりに過保護だ。とても成人男性にすることではないし、母親だってもうやらないだろう。
申し出はありがたいものだったが、悠人がそれに首を縦に振ることはない。
「でもごめん——家には帰りたくないんだ」
突然の悠人な拒否に、今度は凪が困惑する番だった。
「——え」
普段だったら意地と去勢を張って何でもないように取り繕うが、今日は無理だった。
「ここ二日家にいたくなくてさ、ずっとネカフェにいたんだよ。何もしたくなかったから適当にご飯食べて、適当に寝て、だから風呂にも入ってない。なんなら人に関わりたくない。だからほっといてくれない?」
一度開いた口は閉じることを知らず、次々と言葉があふれて止まらない。言わなくていいことすら口に出して、手を差し伸べてくれた人に対して失礼極まりない事も言った。
——さすがに嫌われたな。
そう思った次の瞬間、凪が予想外の言葉を口にした。
「じゃあうちに来てください」
「……は?」
「うちにきてお風呂入って、温かいご飯食べて、ふかふかの布団で眠ってください」
彼女の声音は真剣そのもので、冗談を言っているように聞こえなかった。だからこそ、悠人は困惑する。
「いや、人の話聞いてた? 関わりたくないんだよ、人に。それに女の子がそんなこと言っちゃ——」
「そんなの関係ないです!」
「ええ……?」
「女がどうとか男がどうとか、今はどうでもいいです! 大体そんな状態でどこに行こうって言うんですか? その様子だとネットカフェすら嫌になって出てきたんでしょう?」
「それは……」
「そもそも体調不良で三日休むって聞いて心配してたのに、そんなボロボロで現れたらもっと心配するに決まってるじゃないですか。普段も顔色悪いですけど今なんてもう真っ白ですよ」
「さらっと普段の俺ディスってない?」
「それでそんな状態で放っておいてくれとか言われて、放っておけるわけないじゃないですか! よっぽど根が腐ってなければ今の片桐さんのことを放っておく人いないですよ。それとも片桐さんは私を悪者にしたいんですか?」
「いや、そんな事は——」
「だったら大人しく私の言うこと聞いてください」
早口で捲し立てられもはや悠人の入り込む隙間もなく、かつその一つ一つが正論なので、何も言い返せなかった。とはいえ、内容が内容だ。簡単には承服しかねる。
「聞けないよ。自分の事は自分でどうにかする」
こんなことに凪を巻き込む意味も理由もない。真琴との事は悠人の中だけで解決しなければならないのだ。
「どうしてもですか」
「どうしてもだね」
「……そうですか。わかりました」
わかってくれたかと安心したのも束の間、凪が予想だにしない行動に出る。
「じゃあ最終手段です」
彼女は一歩前に出て悠人の腕を掴み、
「片桐さんが行くって言うまでこの手離しませんから」
そう言ってのけた。
「赤塚さん……」
「変なことしてるって思ってるかもしれません。でもそんな顔してる片桐さんをどうしても放っておけないんです」
「なんでそこまで——」
「どうしても、です」
凪がどれだけ強く悠人の腕を掴もうと、結局は一般的な女性の腕力。正直いつでも振り解くことができる。
それでも悠人がそうしなかったのは、彼女の目が、顔が、いつになく真剣だったから。
「それでも拒否したら?」
「拒否したら……えーと……」
そこまでは考えていなかったらしい凪だったが、少し間を開けて、意を決したように口を開いた。
「こ、ここで痴漢と叫びます……!」
「同僚を冤罪で売ろうとしないで!?」
凪のことだから本当にやるとは思えない、が彼女がそのくらいの覚悟を持って悠人をつなぎ止めようとしていることはわかった。
当の凪は目を回しながら「本当ですからね……言いますからね……」とぶつぶつ言っている。
「……ふっ」
その様子が何だかおかしくて思わず吹き出してしまう。
「なんで笑うんですかあ!」
「いや、ごめん……なんか——」
かわいくて。
なんて、言えるわけもなく。
ただ悠人は負けを認めるしかなかった。
「俺の負けだよ、赤塚さん。煮るなり焼くなり好きにして」
凪がなぜここまで必死なのか、悠人にその理由は推し量れない。けれど凪が自分のことを思って行動を起こしてくれているのは、嫌というほど伝わってきた。
これ以上粘られてもそれに対応する気力が悠人にないという側面もあるが、その凪の想いを蔑ろにすることは悠人にはできなかった。それに、今の凪になら全てを任せてしまっていいと思っている自分がいる。
「い、いいんですか?」
「いいもの何も、赤塚さんが提案したことでしょ?」
「……それもそうですね。じゃあこのまま連れ去って、煮て、焼きます」
「あれ俺本当に食べられる?」
「でも——」
凪はそこで区切り、再度腕に力を込めた。
「途中で逃げられたら困るので、この手は離しません」
「ペットじゃないんだから……」
「リード買いに行ってもいいんですよ?」
「すみませんこのままでお願いします。でも、汚いよ? いろんな意味で」
「私も手を洗ってないのでおあいこです」
「そういう意味じゃないって分かってるくせに……」
悠人が風呂に入っていないことを気にする様子を見せず、凪は悠人の腕を掴み続ける。
「それじゃいきますよ」
「仰せのままに」
凪の熱意と覚悟に絆され、年下の女の子に手を引かれながら、悠人は歩き出した。
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