4.君が僕を呼んだ日から。
村上君にスマートウォッチを借り、一人のんびりと風呂に入っている。
「ふぅぅぅぅ」
――そういえば一人で風呂に入るのなんざ久々だな――
まだアロガンと出会う前の生活を思い出す。
朝起きても特にすることが無いので部屋にこもり、お腹がすいたらご飯を食べ、そしてシャワーだけ浴びて部屋に戻る。
そんな生活を三か月ほど過ごしていたある日。
【まぁまぁ落ち着いてくださいよ】
【落ち着けないわよ!私たちの主張を無碍にされた以上、この木を燃やして思い知らせてやるのよ!】
【そんなことしても】
――頭がいかれてるんじゃないのか?――
【もう我慢できない!】
女が電子タバコを改造して作ったライターを木に近づけ火をつける。
その瞬間――
【ちょっとまてーい!】
男が女の手首を握り、握力を加えてライターを放させる。
【痛っ】
【どうしたの!アロガン!】
――アロガン?変わった名前だな――
【先輩、このレディーがユグドラシルを燃やそうとしていたので】
【何を考えてるんだか】
【放しなさいよ!】
掴まれた右腕を全力で何度も引っ張っても放してもらえないので、左拳でアロガンの顔を女が殴ろうと腕を上げた瞬間、女の体がガクンと足から崩れ落ち床に伸びてしまった。
【体が、、、重い、、、、】
【まったく、飛んだ馬鹿がいたものだわ】
――何してんだ?――
【もしもしゼンちゃん?三階広場、え?あ、見てた?うん、あはっ、あそう、分かった、はーい】
【なんだって?】
【ん?今は監視カメラつけた人を怒ってるから別の人呼んだって】
【そうか】
従業員が来て女をどこか別の場所に移動させた。
【ったく、あのレディーも他の者を全員殺すところだったんだぞ、この木はニッスン炭素を酸素に変え―――】
【胡散臭っ】
【ん?】
――はぁ、なんか疲れた――
【そこの勇気ある紳士よ、名前を聞かせてくれないか?】
――たしかアロ何とかさんだっけ――
【覚えてないんです、なんでここにいるのかとかも】
【そうか、ならば私が名前を決めましょう―――――
「懐かしいな」
火星の光のみ差し込む大浴場の湯船の中で、外の景色を見ながら昔のことを思い出していたアラタ。
顔から雫が滴り落ちる。
それが涙であれただの水であれ…
「そろそろ上がるか」
湯船から上がり、三階カフェテリアに向かう。
ピンポーンパンポーン
『皆さん、おはようございます。
今日で、15年と7か月と5日が経ちました。
火星までの航海は残り。
14年と4か月と26日です。
さて、それでは今日の地球で起きた出来事をお伝えします。』
「アラタ君、何してるの?」
「あーーーーーー」
アラタに名簿を調べて分かったことを伝えようと伊織が話しかけるも、結構な時間湯船に浸かっていたためのぼせてしまい、頭がうまく回っていないアラタ。
「おーい」
――はぁなんもかんがえれん――
「だめだ、健さん何とかして」
「整ってるんだな、分かる分かる」
「汗くせぇな」
――はぁぁぁ――
「ちょっと起きてよ!」
「分かる分かる」
――あぁぁぁ――
「ちょっと!!!」
そして三十分後…
「やべ、寝てた」
――なんか騒がしいな――
どうやら騒がしいのは四階のカフェテリアから聞こえて来ることが分かり、アラタも急いで四階へと上がっていくと、四階カフェテリアで何百人かの人だかりができていた。
近くまで行くとようやく群衆が何を言ってるか聞こえて来た。
「てめぇが犯人で決まりだ!」
「殺せぇぇぇ!」
「だと思ったんだよなー」
――なんかオリジナルゲームで遊んでるのかな――
背伸びをしても真ん中が見えないので、仕方なく靴を脱いで椅子の上に立つと見知った顔が何人か見えたとこで、向こうもこちらに気づき声をかける。
「ちょっとアラタ君も手伝って!」
「伊織、何してんだ?」
「見たらわかるでしょ!」
――わかんないけど、クイズ大会かなんか?でも殺せって物騒すぎるクイズ出したもんだな――
――仕方ない、君たちに足りない頭脳が助けに行きますよ――と思いながら主人公感覚で群衆の中を無理やり入っていく。
「失礼、ちょっと通してくれるかな。おぉすまないね、人気者で。あぁそんなカッカするな今、謎を解きますから。えぇもう私が来た時点でそれは問題にはなりませんので」
――ったくどんなクイズだ?ちなみに、危険な動物の部位は像の足だが…――
「早く!」
「おいおい、そんな急かすなってどういう状況?」
伊織と健、それから風太が何かを守るように手を伸ばしていてその中には村上君が女の人を抱き寄せていた。
「クイズ大会は?」
「は?何言ってんの?」
「じゃなんで俺呼ばれたんだよ」
「あんた一応私たちの仲間でしょ?」
――そうだった、そういやそんなめんどくさい集団の一味になったんだった――
「で俺は何したら――」
「アラタ君!ちょうどいいとこに、こっち来て!」
中央にいる村上君に呼ばれ、向かうと一つの分厚いファイルを渡された。
「なんですか?」
「君これ持って、ここから脱出するよ」
「まず状況を!それにここから無事に出るなんて不可能だと思いますよ?」
――殺意がすごかったし――
「ならどうしたものか」
「グスン、どうぢでこんな」
「彼女は?」
「…実は」
アラタが眠っていたころ、候補に絞られた人たちに順番に事件の日のアリバイを聞いて回っていた村上君たちだったのだが…
【そうですか、お時間とらせてすいません】
【彼でもなかったですね】
【あぁ、皆明確なアリバイを持っている】
【中々こんな施設、一人行動する人なんてめったにいませんよ】
【だよな、次は後藤ともみさん、あの人じゃない?】
四階カフェテリアに一人でお茶を飲んでいる人に声をかけに行こうと近づいた瞬間。
【おい!あいつが犯人じゃない?】
【ほんとだ、顔が犯罪顔じゃん】
【なんだ君達】
【おい、犯罪者!】
【おーいこいつが一連の犯罪者だって!】
と、一つのグループが彼女を犯人と周囲に言い放ち、やがて数百の人が集まり同調圧力が殺意に変わっていった。
「とんだ馬鹿がいたもんだな、でこのファイルは?」
「そのファイルが真人被害にあった人たちだ、順にアリバイを聞いて回ってたのだがな…」
「おかぁさんっ、私悪い事してないのにグスン」
――なんともまぁ可哀そうな人だな――
「どれどれ」
ファイルの中は一ページに一人の顔写真付き個人情報がびっしりと、血液型から身長まで記載されており、それらをペラペラとめくっていくとあることに気が付き、村上君に質問する。
「あの、ちゃんと人は絞ったんですか?」
「絞る?」
「ギクッ」
「だって、トレーニングルームで使われた道具は百キロを超えていたんですよ?素人目でも彼女が持てるとは到底思えないですしそれにアロさんは消灯する寸前までは生きてたんですから部屋の近い人とか分けたほうが…」
――視界の端っこで誰かが震えているけどもしかして…――
「この人たちが全員該当するんじゃないのか?」
震えている人の方まで歩き、肩に手を乗っける。
「伊織…」
「だだだってめんどくさくて、その、ごめんなさい」
「俺はやろうって言ったんですけどね」
「健!」
――はぁ、まじかこいつら――
今までの特別護衛団第一機担当メンバー頭脳担当があの幼女だったことに絶句しつつも、改めてファイルを開き選定していくと15人まで絞ることができた。
「まさか、三百人近くに聞こうとしてたなんて」
――そしてもちろん彼女は――
「該当しない、本当に申し訳ない」
――でも、そんなことが分かったところでだな――
どうやってここから脱出もしくはこの騒動を鎮めようかと群衆の顔を見ていると、どうやら積極的に同調圧力をかけている何名かを見つけ、そのうちの一人の顔にピンと来たのと同時に、意地の悪い考えが思い付きニヤリと笑うのを伊織に引かれてしまう。
「なななな、なんで笑ってんだ?」
「…こほん、思い付いたぜ」
「何を?」
「この人の汚名を返すと同時に、この群衆を静かにする方法が」
村上君と伊織を集めて今考えた作戦を共有していく。
「なるほど」
「あんた最っ低すぎない?」
「誉め言葉として受け取っとくよ」
モブA「何話してんだ?さっさとそいつを牢に入れるか斬首するか決めてくれよ!」
「まあでもあいつは少し痛い目を見たほうがいいわね」
「それ私情?」
「いえ?」
――私情だな――
村上君がテーブルの上に立ち、群衆の注目を集めてる隙に女の子を伊織とアラタが協力して輪から外させる。
「皆に聞いてもらいたいことがある!」
モブA「だからあいつが犯人だってことだろ?」
モブG「早くこの女を、ってどこだ?」
群衆が彼女を探そうと辺りを見回したことで、再度自分に意識をもっていかせる。
「犯人の候補は15名だ!」
モブH「早く見つけなさいよ!」
モブA「無能が!まずはあいつを殺して、その後に事件が起きなかったら結果オーライじゃないか!」
「そう思うなら尚更私の話を聞いてほしい」
モブA「さっさと話せよ!」
「これから有力候補の名前をこの場で読み上げる!そのものは私たちに付いてきてほしい!」
モブA「だからもったいぶらずに」
「佐藤けんすけ、ご同行を願う」
けんすけ「は?俺?」
モブH「うそ、彼女じゃないの?」
モブG「お前、まじか」
けんすけ「ちが、俺じゃねぇって!」
遠くでそれを伊織と共にアラタが見ていた。
「えぐい作戦ね」
「あぁ我関せずで見ていたものが、内容も知らず適当に叩いていた奴が突然ステージに立たされ、自分も同じ目に合う。もちろんあそこにいる奴はけんすけと同じで何も知らずに叩いていた連中だ、けんすけを何の疑いもなく叩き始めるだろう」
――池の鯉がエサを求めるときみたいにな…――
アラタの予想通り、先ほどまで彼女に向けられていた殺意やらの同調圧力の矛先は全てけんすけに向けられ、石を飛ばし始める。
――次は自分かもと思うのが普通なんだけどな、なんで人間はこうも他人事のように自分がすべて正しいと思い込んでしまうんだろうな――
「行こうか、アラタ君」
「俺じゃねぇって」
「君も憐れだね」
東エレベーターから一階の従業員専用物置小屋を少し片づけ、そこに椅子とテーブルを置いて尋問が開始する。
「じゃあまず名前、年齢を教えてくれる?」
「名前は知ってんだろ」
「そうだけど、本人の口から聞きたいなーって」
「っち、佐藤健介、今は32だ」
「はいはい、じゃあまず昨日の朝は何してたのかな」
「寝てたよ、俺はいつも昼ぐらいに起きてるんだ」
「何時にいつも寝てるの?」
「時間なんざ見てねーよ、眠くなったら寝て腹減ったら起きる、大体の連中がそうだろ」
「私は違うけどね」
「何を聞いても無駄だぜ、俺はやってねーんだからな」
「うんうんそうだねー、自室はどこかな」
「ムカつくやつだな、4-207」
「南側の部屋ね」
――アロさんの部屋と近いし、アリバイも無い。もしかして最初の一発目で当たりか?――
「そういえば君の親御さん、真人の被害にあってるんだね」
「あ?あー、へへっそういえばそうだったな、それに関しちゃ俺はあいつらに感謝してんだぜ」
「あいつら?」
「あぁ、塵親どもを殺してくれた真人様によ」
「恨んだりはしてないのか?」
「あたりめぇだよ、酒たばこギャンブルは当たり前、機嫌が悪いと俺らに暴力は当たり前、ひでぇ時は妹に手を出してたな」
「お母さんは守ろうとしなかったのかい?」
「あぁあっちもあっちで病気だったぜ、親父に勝てないからって俺に八つ当たりしてくんの、見ろよこの傷、何回か背中を切られたり水攻めもされたは」
「それは災難だったね」
――遺伝子には抗えないってな、それはそうとなら真人を殺す必要は無いのか?――
「分かった、尋問はこれまでだ」
「んで?俺を不当逮捕でもするのか?」
「しないさ、今のところ保留かな」
「けっ!」
「最後に、一つだけ質問していいかな」
「まだあんのか?」
「一個だけだよ、一個。真人を恨んでいる人とか知らないかな」
「そりゃ一般人は恨んでるだろ」
「確かにそうね、ごめん今のは忘れて。さ、行こう」
部屋を後にして、エレベーターに入り三階を押す。
エレベーターが動き出したタイミングで健介が口を開く。
「そういや一人、変な奴がいたな」
「誰かな?」
「いやさっき、あの女囲む前に女みてーな口調で誰かに話しかけられたんだよ」
「なんて?」
「私見たの、上にいる後藤知美が人を殺してるのをって」
――は?――
村上君が表情をこわばらせながら健介に詰め寄る。
「そいつは誰だ!」
「あ?ともみってさっきお前らが話してた」
「そいつじゃない!話しかけられた方だ!」
「いや、顔は知らねえよ名前もな」
「じゃ、じゃあどこにいた!」
ピポン
「そりゃ」
『三階です』
エレベーターのドアが開く。
「ここ」




