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逃げなきゃ! と思った時にはもう手遅れ。
コペンのトランクを閉じた時には、カムリはいつも通りコペンの運転席の横にぴったりと停めていた。
助手席には、なおちゃんがいるし僕は車内に入れない。
どうしようか? と、考えている間に、カムリのエンジン音が止まり、周囲は不気味な静寂に包まれた。
駐車場の灯りが照らし出すカムリは、相変わらず汚れが酷い。
リアウィンドーから車内を覗き込むと、運転席に人の頭があるのが見えた。
文句を言いに行こうか。
しかし……怖い……
カチャ。
躊躇していると、カムリのドアが開いた。
運転手が降りてくる。
最初に見えたのは、くせのない長い黒髪。
女か? しかし、背が高いし、カムリの車高から比較して百七十は越えていた。
運転手は白いコートを纏っているが、カムリと同じく長い間洗濯していないのか薄汚れている。
もしかして、汚れじゃなくてそういう模様なのか?
いや、そんな馬鹿な。
運転手はゆっくりと、僕の方を振り向いた。
やはり女だ。
駐車場の灯りに照らし出されたのは、二十代後半ぐらいの女。
整った顔つきではあるが、肌は青白くなんだかやつれている感じだ。
とにかく、この女の顔にはまったく見覚えがない。
僕には、付きまとわれるような謂れはないはず。
女は僕の方を見て微笑んだ。
「健吾さん」
え? 誰?
「健吾さんですよね?」
「は? いや人違いです」
「いいえ、あなたは健吾さんです」
そう言って女は、僕の方へ歩み寄って来る。
「ちょっと待ってください! その前に、あなたの車をどけてください」
「え? どうして?」
女は、何を言われているのか分からないと言っているような、キョトンとした顔で答える。
「あなた、いつも僕の車の横に停めていますよね?」
「ええ。健吾さんのコペンの横は、私の停める場所なので」
「迷惑です! やめてください。それと僕は、健吾じゃない!」
「もう健吾さんたら照れちゃって」
「照れてないし、隣に停められるのは迷惑です!」
「分かってますわよ。隣に私の車を停められて、恥ずかしいのですね。でも、本当は嬉しいのでしょ」
だめだ……この人、話が通じない。
「健吾さん、聞いてください。酷いのですよ。今朝、健吾さんの大事なコペンを、蹴飛ばしていた男がいたのですよ」
え? それって吉部の事では?
「私、それを見て気が動転してしまって……もし、コペンが壊れてしまって、健吾さんが車を手放すことになってしまったら、私は健吾さんを見つけられなくなってしまいます」
見つけられなくなる? なぜだ? いや、それよりも……
「あの……あなたは、その男に何かをしたのですか?」
「ええ、もちろん。健吾さんのコペンを守るために必死でした。男には私の車をぶつけ……あ! コペンには傷をつけないように、慎重にぶつけましたよ」
いや……それ……やり過ぎだろ。
「でも、そのせいか威力が足りなかったみたいです。男はまだ動いていたので、ロープで縛って私の車で引きずって遠くに捨てて来ました」
やはり、吉部を殺したのはこの女だったのか。




