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翌朝、僕はスマホの着信音で目を覚ました。
なおちゃんかな? と思ったら知らない番号。
誰だろう?
電話口から聞こえてきたのは知らない男の声。
しかし、どこかで聞いたような気もする。
『もしもし、突然失礼します。こちら高城令斗さんのお電話で間違いないでしょうか?』
セールスかな? それとも振り込め詐欺?
「そうですけど、どちら様でしょうか?」
『俺は吉部直美の亭主です』
きべなおみ? あ! なおちゃんの本名は直美だったな。
しかし、吉部? そうだ! 結婚してから姓が吉部になったのか。
こいつ、なおちゃんの元夫だ。
だけど、なおちゃんは離婚しているから旧姓に戻っているはず。
まだ、僕が離婚の事を知らないと思って言っているのか。
「すみません。吉部直美などという人は知りません」
『そんなはずはない。あなたは直美の従兄弟でしょ』
「従兄弟? ああ! ひょっとして、なおちゃんの事」
ちょっとわざとらしかったかな。
『あなたはそう呼んでいるのですね。そのなおちゃんです』
「確かになおちゃんは……直美ちゃんは僕の従姉妹ですが、吉部という姓ではありませんよ」
『結婚して吉部になったのです』
「でも、離婚したのでしょ。なおちゃんは、旧姓に戻ったはずですが」
『……』
電話の向こうから、静かな怒りが伝わってくる様な気がした。
同時に、僕の方も怒りがふつふつと湧いてきた。
こいつがなおちゃんを殴ったのか。
僕は無言で録音ボタンを押す。
『おい! なぜ録音する!?』
「僕は物覚えが悪いので、電話は録音する事にしています」
『やめろ! 録音するな!』
「なぜですか? 何か録音されてはマズい事でも?」
『いや……そんなものはないが』
「じゃあ、録音してもいいですね」
『いや、駄目だ!』
「録音が駄目なら、このまま電話を切って着信拒否にしますが」
『分かった。勝手に録音でも速記でもしてろ』
いや、速記はしないけど……
「それで、ご用件はなんでしょうか?」
『妻が行方不明なのだが……』
「だから、離婚したのでしょ。もうなおちゃんは、あなたの妻じゃありませんよ」
『俺は離婚なんて納得していない!』
「しかし、離婚届はもう出ているのでしょ。という事は、書類にハンコを押しているのですよね」
『あの時は、暴行罪で告訴すると脅されて仕方なく押したんだ』
あのなあ……なおちゃんも告訴しちゃえば良かったのに……
まあ、一刻も早く離婚届にハンコを押させるために仕方なかったのだろうな。
「脅すも何も、あなたは、なおちゃんを殴ったそうですね。告訴を取り下げてもらえただけでも、ありがたいと思わないのですか?」
『ちょっと叩いただけだろう! それを告訴だなんて大げさな!』
「なおちゃんは今でもアザが残っていますよ。それが『ちょっと』ですか?」
『え? それは……』
「それと、なおちゃんはあなたから暴行を受けた後で、外科に行ってカルテをもらってますよ。昨日そのカルテを見せてもらいましたが、とても『大げさ』とは言えない状態ですね」
『ちょっと叩かれたぐらいで、医者へ行く事が大げさなんだよ! 俺なんかなあ、親父に殴られてタンコブができたって、医者なんか行った事ないぞ!』
やっぱりね。こいつは親から虐待されていたのか。
親から虐待を受けていた子供は、親が子を殴るのが当たり前という価値観を形成してしまうことがあるらしい。
だから、親から殴られた事のない、まともな家庭で育った子供を逆に異常だと決めつけたりすることがある。
親から虐待された事は同情するが、そういう子供は自分がいかに異常な環境にいたか理解しないでいると、暴力を振るう事が当たり前の価値観を持ってしまうのだろう。
そういう奴が結婚すると、奥さんに暴力をふるったり、子供が出来たら虐待したりするのだろうな。
幸い、なおちゃんとの間に子供は出来なかったらしいが……
「とにかく、ちょっと落ち着いてください。あなたがどう思おうと、日本の法律では人を殴ったら犯罪なのですよ」
『そもそも俺が直美を殴るのは、殴られるような事をするから悪いんだよ!』
お決まりのセリフ乙。
こういう奴って決まって『殴られるような事をする奴が悪い』って言うよね。
だから、殴れば犯罪って今言ったばかりなのに……
「なおちゃんは、あなたに殴られるような事をしたのですか?」
『あいつは浮気をしていたんだ!』
「浮気? 証拠は?」
『俺の目の前で、他の男と話していた』
「話をしていたって? どんな事を?」
『知らねえよ! とにかく、知らない男に話しかけられてひょいひょいと話をしていたんだ』
「道を聞かれただけとかじゃないのですか?」
『夫以外の男と話をするのが悪いんだ!』
「日本の法律では、女性が夫以外の男性と話をする事は禁止されていませんが……」
いや、日本に限らずそんな事を禁止している国は、ほとんどないだろうな。
『法律! 法律ってうるせえんだよ! 俺が駄目だって言ったら駄目なんだ!』
「そんな事を言っているから、離婚されるのですよ」
『なんだと! 俺が悪いとでも言うのか!?』
「そうですよ。今頃気づいたのですか?」
「……てめえ……」
やば……ちょっと怒らせ過ぎたかな。
『おまえ……コペンに乗っていたよな』
「なんで知っているのですか?」
やっぱり、トナラーはこいつか。
『駐車場で、おまえが乗り込むところを見たからな』
「という事は、僕の顔も知っているのですか?」
『直美のスマホに一緒に映っている写真があった』
勝手にスマホを見たと言っていたな。
『昨日はコペンで遠出していたよな。隣に直美を乗せていたのだろう?』
「なんでそんな事が分かるのですか?」
『直美が住んでいたアパートに行ったよな?』
「なんで分かるのですか? 車にGPSでも仕掛けていたのですか?」
『分かっているんだったら聞くな! GPSの信号が途絶えたって事は、もう見つけたのだろう!』
うわ! 犯罪行為をこんなあっさり認めるとは……馬鹿だ……
『てめえ、本当は俺と結婚する前から、直美と付き合っていたんだろう!』
「はあ? 僕はなおちゃんの従兄弟ですよ」
『従兄弟と従姉妹は結婚できるんだよ。おまえの大好きな法律ではな』
「まあ、結婚は可能ですが、僕となおちゃんは親戚として普通に仲良くしていただけですが……」
『そんなの信用できるか。ははあ分かったぞ。今回の離婚、本当は計画していたんだろう! 俺から慰謝料巻き上げる目的で』
どうしたら、そんな発想ができるんだか……
『てめえ、ただじゃ済まさないからな。覚えていろよ』
はい。覚えていますよ。録音しているから……
電話を切った後、僕は録音データをなおちゃんに送っておいた。
なおちゃんがこれを警察に持って行けば、あいつの罪はさらに重くなるだろうな。
できれば無期懲役になればいいが……さすがに無理か。




