表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/32

第20話:万物の凱歌と、色彩の女王


 精霊王の城を中心として、世界のことわりが静かに、しかし劇的な地殻変動を起こしていた。

 かつてのリリアナは、アルヴィスという強大な太陽に守られる、か細い月のような存在だった。だが、彼の真名を分かち合い、数多の精霊を慈しみ、進化させてきた彼女の魂は、いまや城の結界さえも透過して、枯れ果てた外界の隅々にまでその温かな波動を広げつつあった。


 その日の朝、城を囲む禁域の森の境界には、異様な光景が広がっていた。

 人間たちの醜い侵入者ではない。世界中のあらゆる場所――濁った沼の底、乾いた岩山の隙間、そして滅びゆく王都の廃墟から、死にかけていた数万、数億の精霊たちが、磁石に引き寄せられる砂鉄のように、この聖域へと押し寄せていたのだ。

 彼らは一様に、ただ一つの「救い」を求めていた。かつて自分たちと同じように孤独を抱え、それでも愛を歌い続けた「色彩の女王」の姿を拝むために。


「……アルヴィス様。外で、精霊さんたちが呼んでいます。彼らの悲しみが、私の胸に直接流れ込んでくるのです」


 城の最上階にあるバルコニーで、リリアナは遠くの森を見つめて静かに呟いた。

 彼女の背後から、アルヴィスがその細い腰を抱きしめる。彼の金色の瞳には、自分の腕の中に閉じ込めておきたかった愛し子が、もはや自分ひとりの器には収まりきらないほどの巨大な光となったことへの、複雑な情念が揺らめいていた。


「……ああ、分かっている。お前の慈愛は、もはや私の独占を許さぬほどに溢れ出してしまった。……リリアナ、私はお前を、誰の目にも触れさせぬように、深い淵の底に隠しておきたかった。だが、お前の輝きが世界を救おうとしている今、それを止めることは、私の愛に対する冒涜になるのだろうな」


 アルヴィスは、リリアナの銀色の髪に深く顔を埋め、最後の一惜しみを噛み締めるようにその香りを吸い込んだ。そして、決然と顔を上げると、彼女の手をとり、天空へと掲げた。


「行こう、我が女王よ。……お前がどれほど尊い存在か、跪く万物に知らしめる時だ」


 アルヴィスが指先を天空へと向けると、城の頂上から純白の光の柱が立ち昇り、厚い雲を突き抜けて天に穴を開けた。

 リリアナは、アルヴィスと共にゆっくりと、空中に架けられた銀色の階段を登っていく。彼女が纏う聖衣は、全精霊の魔力を吸い込んで七色に発光し、背後には、かつての下級精霊たちが進化した「守護精霊」たちが、巨大な光の翼のように付き従っている。


 雲を抜け、全精霊が見上げる天空の舞台へ降り立った瞬間。

 世界から、あらゆる雑音が消え失せた。


 そこに立っていたのは、かつての怯えた令嬢ではない。

 絶望を愛で包み、孤独を歌で癒やし、神の如き王と対等に並び立つ「色彩の女王」としてのリリアナだった。

 彼女が静かに微笑み、両手を広げると、喉の奥からこれまでで最も神聖で、かつてないほど力強い賛美歌が溢れ出した。


「――♪ ……嘆きの時は過ぎ去りました。……乾いた土に、私のしずくを。……凍てついた魂に、王の灯火ともしびを。……さあ、目覚めなさい、愛しき世界の命たちよ……」


 その歌声は、音の概念を超えて世界を駆け抜けた。

 歌声が触れた瞬間、境界に集まっていた精霊たちが一斉に輝きを増し、醜く歪んでいた姿が浄化され、力強い翼を取り戻していく。それだけではない。彼女の歌は、かつて彼女を虐げた者たちが住む「灰色の地」にまで届き、そこに残されていたわずかな「善き種」だけを芽吹かせ、悪意に満ちた腐敗だけを焼き払った。


「「「我らが女王! 色彩の母上! リリアナ様万歳!!」」」


 数万、数億の精霊たちが、天空を埋め尽くすほどの光となって乱舞し、その喜びの咆哮は大地を震わせた。それは、精霊王アルヴィスが数千年の統治で一度も見ることのできなかった、世界の真の「歓喜」の姿だった。


 アルヴィスは、その光景の中で凛と立つリリアナを見つめ、自らも彼女の前に膝をついた。

「……リリアナ。今日、私はお前を世界に奪われた。だが、それ以上に……お前を私の伴侶として選んだ我が目に、狂いはなかった。お前は私だけの檻を突き破り、私をも救う光となったのだな」


「いいえ、アルヴィス様。……私が女王として立てるのは、あなたが私の檻となり、盾となり、そして愛となってくださったからです。……私は、あなたの隣でなければ、この世界を愛することはできません」


 リリアナは、跪くアルヴィスの手を取り、彼を優しく立ち上がらせた。

 王と女王。二人が並び立ち、互いの手を強く握りしめた瞬間、世界の魔力の循環は完全に「新生」した。

 それは、人間界が勝手に精霊から力を搾取する時代の終わりであり、精霊たちの意志が世界を正しく導く、新たな時代の幕開けだった。


 外界では、リリアナの戴冠によって、もはや彼女への干渉が「神への冒涜」として物理的に不可能となったことを悟り、隣国の野心家たちも恐怖に震えて撤退した。

 そして、リリアナが一度も振り返ることのなかったあの灰色の廃墟では、自分たちの犯した罪の大きさを理解することすら許されないまま、名もなき亡霊たちが永遠の静寂へと呑み込まれていった。


 銀色の城は、いまや世界の中心として燦然と輝き、二人の統治が始まった。

 リリアナは、アルヴィスの温かな胸に寄り添いながら、精霊たちの凱歌の中に、自分たちが紡いでいく果てしない未来の色彩を見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ