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第15話:永遠の誓い、色彩の玉座

 精霊王の城が、これまでの数千年の歴史の中で最も眩い光に包まれていた。

 空を流れる精霊の河は、王の歓喜に応えるように七色にうねり、城の尖塔からは宝石の粉のような光の雫が絶え間なく降り注いでいる。庭園のすべての花は一斉にその蕾を解き、甘やかな香りが聖域の隅々までを満たしていた。


 城の最深部、白銀の鏡の間。

 そこに立つリリアナの姿は、もはや「人間」という言葉で縛るにはあまりに神々しく、完成されていた。


 彼女が纏っているのは、高位の精霊たちが千年の歳月をかけて「精霊の涙」を紡ぎ、織り上げた婚儀の聖衣。純白の生地は、彼女が呼吸をするたびに真珠のような光沢を放ち、裾に施された銀糸の刺繍は、生きているかのように微かな音を立てて波打っている。

 侍女の代わりを務めるのは、蝶の羽を持つ光の精霊たちだ。彼女たちがリリアナの銀色の長い髪を丁寧に編み上げるたび、そこには決して枯れることのない、永遠の命を宿した花の冠が形作られていった。


「……リリアナ。ああ、我が最愛の、美しき王妃よ」


 扉が開かれ、アルヴィスが姿を現した。

 彼は黄金と銀を織り交ぜた正装に身を包み、その金色の瞳には、狂おしいほどの情愛と、今日という日を迎えられたことへの深い安堵が宿っている。

 アルヴィスはリリアナの前に膝をつくと、彼女の細い手を取り、甲に長く、深い誓いの口づけを落とした。


「お前が私の隣に立つことで、ようやくこの世界のすべてに色彩が宿った。お前がいない数千年、私はただ『無』という名の冬を過ごしていたに過ぎない。……さあ、リリアナ。共に行こう。全精霊がお前の即位を、我らの永遠を待ち望んでいる」


 アルヴィスが彼女をエスコートし、城の頂上にある『色彩の玉座』へと歩みを進める。

 二人が歩くたびに、床からは柔らかな光の花が咲き乱れ、城中に満ちた精霊たちが、かつてないほど神聖な、しかし喜びに満ちた賛美歌を奏で始めた。


 ◇◇◇


 その頃、外界の地獄は、ついに「無」への最終段階を迎えていた。


 泥の中に這いつくばり、絶望の叫びを上げていたエル・ローゼ侯爵。

 鎖に繋がれ、廃人と化したギルバート。

 そして、美貌を失い、精神を病んだフェリシア。


 彼らが縋り付いていた「境界線」に、精霊王の城から溢れ出した圧倒的な婚儀の光が届いた。

 だが、その光は彼らにとっての救いではなかった。それは、悪意を糧に生きてきた者たちを焼き尽くす、慈悲なき断罪の輝き。


「あ、あああ……光が……光が、熱い……! 私の……私の存在が、消えていく……!」


 侯爵は、自分の手が、足が、透き通るように消えていくのを見て絶叫した。

 精霊王アルヴィスが下した最終的な刑罰。それは、彼らの命を奪うことではない。

 ――この世界のすべての記録、記憶、そして概念から、彼らの存在そのものを「抹消」すること。


 王都の人々の記憶から、エル・ローゼ侯爵という名が消える。

 歴史の書物から、ラドクリフ辺境伯という称号が剥がれ落ちる。

 彼らがリリアナを虐げ、磨り潰してきたという事実さえも、誰一人として思い出せなくなる。

 彼らは生きたまま、誰にも認識されず、誰にも声をかけられない「透明な亡霊」として、灰色の廃墟の中で朽ち果てるのだ。


「嫌……嫌よ! 私を、私を見て! 私は、聖女なのよ……!」


 フェリシアが通行人の足元に縋り付くが、その人々は彼女に気づくことさえなく、ただ通り過ぎていく。彼女の叫び声は風の音として処理され、彼女の姿は埃と同じように無視される。

 リリアナを泥に突き飛ばしたあの日、彼女たちは自ら「世界からの追放」を選んだのだ。リリアナという唯一の光を失った世界には、もう彼女たちの居場所など、一寸の隙間も残されてはいなかった。


 ◇◇◇


 外界が静かに、そして残酷に「無」へと還っていく中、聖域の玉座では、契約の儀式が最高潮を迎えていた。


 アルヴィスはリリアナの前に立ち、自らの胸元から、脈動する銀色の魔力の塊を引き出した。

「リリアナ、これが私の真名だ。これをお前に分かち合うことで、お前の魂は私と完全に混ざり合い、人間としての制約――病も、寿命も、そして悲しみも、すべてを超越する」


 彼がその魔力をリリアナの胸へと押し込むと、リリアナの全身から、眩いばかりの銀の炎が立ち上がった。

 かつて屋根裏で震えていた少女は、今、ここに死んだ。

 そして、精霊王と並び立つ、唯一無二の伴侶として新生したのである。


「……アルヴィス様。私……あなたの心が、すべて分かります。あなたが私を求めてくれた、数千年の重みが、こんなに温かくて……」


 リリアナの瞳から一粒の涙が零れた。それは地面に落ちる前に、アルヴィスの指によって掬い取られ、最高純度のダイヤモンドへと姿を変える。

 リリアナは、愛する夫のために、自らの意志で歌い始めた。


「――♪ ……永遠の春に、祝福の雨を。……私はあなたの影となり、あなたは私の光となる。……この調べが途絶えることは、決してないでしょう……」


 その歌声は、世界の理を書き換えるほどの力を持ち、城を囲む森を、永遠に枯れない楽園へと変貌させた。

 アルヴィスは、歌い終わったリリアナを力強く抱き寄せ、その唇を奪った。

 それは単なる愛の証明ではない。これから始まる、果てしない永遠への、最初の刻印。


「愛している、リリアナ。お前が望むなら、私は世界を何度でも作り直そう。……お前はただ、私の隣で、この色彩豊かな世界を愛でていればいい」


「……はい、アルヴィス様。……私を見つけてくれて、本当に……本当に、ありがとうございます」


 二人が重なり合うようにして玉座に座ると、全精霊が跪き、大地は歓喜の振動に揺れた。

 虐げられた少女の「第一章」は、ここに最高の幸福をもって幕を閉じる。

 

 灰色の過去はもう、誰の記憶にも残っていない。

 ただ、銀色の髪の王と、その最愛の王妃が奏でる愛の歌だけが、新しい世界の色彩を、どこまでも鮮やかに塗り替えていくのであった。


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