衝動
和人は風呂に入りながらも、琉生の言葉に頭を悩ませていた。
『和人を見ることができる場所』
『テスト週間中は見ても居ない』
和人が居ない時でも琉生はその場所に行くらしい。
なぜそこまでして和人を見ているのか。
今までそんなに見られていたのか。
場所を考えていると、場所ではなく見られていた理由に意識が向いてしまい、まともに考えることができなくなってしまう。
落ち着かなくなり、シャワーを冷水に切り替え、浴び続けた。
いい加減、体が冷え切った時、和人はやっと機械的に風呂場から出た。
髪をタオルで拭きながら、共有スペースまで歩く。
薄暗い部屋。琉生が居ないソファ。
琉生に髪を乾かして貰うことが日常になっていたから、乾かして貰わない日が増えて、心が軋んだ。
乾ききらない髪を持て余しながら部屋に戻る。
机に向かって問題集を開く。
いつもならイヤホンで琉生のピアノを聴きながら勉強するのに、ピアノのことを思い浮かべただけで、彼のことを意識してしまい、全く集中できない。
無意識にシャーペンの芯を繰り出していたらしく、ノートに文字を書こうとして、先端が折れる。
これは駄目だと和人はため息をついた。
諦めて寝台に移動して寝転がる。
寝てしまおうと目を閉じても、結局寝入ることができなかった。
そうこうしている内に、和人は寝不足のままテストに臨むことになってしまった。
◆◆◆
テスト明け。
和人は掲示板でテスト順位を確認して、がくりと肩を落としていた。
琉生はいつもと変わらず一位だというのに。
自分だけが彼のことを考えて、ありえないミスを連発してしまった。
なんだか寂寞感が湧き上がり俯く。
すると、背後から元気な涼太の声が聞こえてきた。
「どうしたん!? 珍しく上位に入れなくて落ち込んでんの? パーッとバスケでもする?」
明るい声に釣られてゆっくりと背後を振り返る。
太陽のような笑顔がそこにあった。
明日から夏休みだと浮かれているのだろう。
その笑顔に誘われるように和人は頷いた。
◆◆◆
「古林先輩。待ってました。勝負して下さい」
寮の多目的室にやってきた和人と涼太を出迎えたのは、耳にジャラジャラとピアスを付けた一年生だった。
短い黒髪に金色のメッシュがひと房。
着崩したワイシャツ。
見るからに素行が良くなさそうなのに、それを裏切る敬語。
どんな関係だと涼太を見ると、彼は和人に申し訳なさそうな表情で、手刀を切る仕草をした。
足を踏みならしたり、後輩が持っているボールを見てソワソワしだす。
涼太の方も彼と勝負がしたいらしい。
「待ってるから、やってくればいい」
「……マジ? ごめん和人! これは譲れない戦いだから!」
涼太はネクタイを緩めて、豪快にブレザーを脱ぐ。
和人が手を差し出すと礼を言ってブレザーを投げ渡し、そのまま後輩の元に走り寄って行った。
手持ち無沙汰になり、多目的室の壁に寄りかかる。
二人の試合を眺めながら、和人の思考は琉生のことへと流れていく。
──もう今日までなのに、琉生があの日どこにいたのか、正解らしい場所が分からなかったな……。
分からない罪悪感に押し潰されそうになる。
目を閉じ唇を噛み締めた。
後輩と涼太の楽しげな声。ボールの跳ねる音。他の生徒達の騒めき。
外からの微かなピアノの音色……。
この音、情熱的なのに切なげな。聴きなれた琉生の。
……やっぱり好きだな。
腑に落ちた。理屈ではなく、衝動。
和人はそれに突き動かされ、一目散に走り出す。
寮の音楽室。多目的室から中庭を挟んで向かい側にある部屋。その場所に向かって。




