居場所[第一章完結]
寮の階段を駆け上がり、二階の音楽室に辿り着く。
すでにピアノの音は消えていた。
それでも和人は震える手で、静かに扉を開く。
最初に見えたのは、床に映る人影。
徐々に視線を上げると、大きな窓に手を突いて外を見ている彼の姿が視界に広がった。
和人は上がった呼吸のまま口を開く。
「好きだ」
「……ピアノが?」
琉生は一度肩を震わせ、窓の方を向いたままぽつりと聞いてきた。
「いや。お前のことが。……あの日もここに居たんだろ?」
和人は琉生の隣まで歩き、窓の外を見る。
中庭を挟んだ向かい側。
先程まで和人がいた場所、多目的室がよく見えた。
あの後輩と涼太がまだ試合をしている姿がはっきりと見える。
多目的室で見物するよりも、誰の邪魔も入らない分、よほど穴場かもしれない。
窓を開けたら彼らの声も聞けそうだ。
なるほど、琉生はここからバスケをしている和人のことを見ていたのだろう。
テスト週間中は、バスケをしない。だから、あの日は見ても居なかった。
和人のことが見える場所で、テスト週間中は見ても居ない。
「そうだけど……。どうせ、ピアノの音で気付いたんだよね」
琉生は珍しく拗ねたような表情をして和人を見てきた。
「それは、すまん。でもな琉生。俺にとってピアノは付属品だ。お前が弾いているから、お前の弾いている姿が好きなんだ。だから俺はお前のことが好きなんだよ」
琉生が目元を赤らめて、片手で和人の口を押さえてくる。
「何度も好きだって言わないで」
和人の口を押さえたまま、琉生は二、三回深呼吸をした。
「……俺の気持ちは知りたくないの?」
するりと顔を近づけて、琉生が低く囁いてきた。
和人は近すぎる距離に背を仰け反らす。
「っ……教えてくれるのか?」
琉生の片手が和人の背に周り、引き寄せられた。
自身の音か、彼の音なのか、心臓の鼓動まで交ざる距離。
和人が息を詰める中、琉生の唇が耳元に触れて。
「秘密だよ」
艶のある声で、和人の心を波立たせてきた。
和人は咄嗟に耳を押さえて、琉生を軽く睨み付ける。
──俺は気持ちを伝えたのに、ずるくないか?
顔を上げた琉生は、悪戯気な流し目を和人に向けてきた。
それだけで訳もなく高鳴る鼓動に、和人は目を回す。
──どうでもいい気がしてきた。俺は琉生が好きだ。それでいい。
和人は琉生の顔を見ながら苦笑した。
彼はいつもより柔らかな微笑を浮かべて、和人から離れる。
「……俺のピアノ、聴きたい?」
気負わない声。和人は少し目を見開いた後、素直に頷く。
「いいのか? 嫌なら弾かなくても」
琉生は小さく笑い声を上げた。
ピアノの椅子に座って、和人を見上げてくる。
「俺はね、ピアノを弾くのも好きなんだよ」
眩しい微笑みだ。
和人は目を細めて琉生を見つめた。
◆◆◆
蝉の声が目立つ夕暮れ。
寮の多目的室からは賑やかな騒めきが。
寮の屋上や図書室、談話室、様々な場所で生徒たちが寛いでいる中。
静かで甘やかな音色が、寮の音楽室からゆったりと響いていた。
第一章完結しました。
ここまでお読み頂きありがとうございました。




