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第二三四話 帝立女学院 二 悪い病



「……もちろん、市内で騒ぎを起こすわけにはまいりませんけど……あら、なんということでしょう、ここでしたら、どなたにもご迷惑はかかりませんわねぇ」


 などとわざとらしく言うメルツェーデスさんのことを、私は死んだ目をして眺めていたんだけど、そんな私の耳に口を寄せ、火野さんが小声で話しかけてきた。


「花、えらいパンチの効いた人と仲良なったんやなあ。……あれ地毛か?」

「なんですのアナタ! わたくしのことをジロジロとご覧になって! 何かおっしゃいたいことでもおありでして!?」


 珍獣でも見るような火野さんの視線を鋭く察知して、いきなりシュバッと首を動かすと、メルツェーデスさんは彼女のことをキッと睨みつけた。……デジャヴュ?


「いやあ、えらい品のええ人と仲良うなったんやなあ言うてたんですわ、花に。上品なうえにムッチャべっぴんさんやし、クルクルクルクル巻いてはる金髪も、えろう豪華な感じがしてよろしなあ。……それ、地毛ですのん?」

「……あ、あら、そういうことでしたのね、ごめんあそばせ。……アナタ、とても優れた審美眼をお持ちのようですわね、さすがはハナ様のお友達といったところかしら? この髪はもちろん地毛でしてよ、自然とこのような巻き毛になるのは、母方の一族の血によるものですの」


 うーん、メルツェーデスさんは相変わらずチョロいなあ、まんまと火野さんに丸め込まれてしまったよ。鼻をグイグイ高くして嬉しそうだなあ。


「……と、とにかく、ですわ、せっかくこうして、どなたのご迷惑にもならない場所にいるのですから、わたくし、異国の護衛女官でいらっしゃるおふたりのお力を、この目で確かめさせていただきたいのです。ヒノ様、ムー様、これからわたくしと遊んでくださいませんこと?」


 メルツェーデスさんは、ある意味、実力至上主義社会の権化みたいな人だし、脳筋というか戦闘狂みたいなところもあるから、こうやってすぐ相手に勝負を吹っかけてマウント取ろうとするんだよね、決して悪い人じゃないんだけど。


「嬉しいこと言わはるなあ……。しょーみの話、ウチもな、腕が鈍ったらアカンよって、骨のある人に稽古つけてもらいたいなあ思てましてん」


 負けん気の強い火野さんが誘いに乗るってことは、私もわかってたよ。

 でも、ムーちゃんは……。


 パシャパシャ。


「すごい、……本物のヒッポカムポスだ。……淡水でも大丈夫なのね、ケルピーやエッへウーシュカとは、どこが違うのかな……」


 パシャパシャパシャ。


 ……いつの間にか大二郎から降りて、水堀の中にいるヒッポカンプたちの写真を一心不乱に撮りまくっていた。

 いい加減やめてあげなよ、ヒッポカンプたちが怯えているみたいだからさ。


「…………ムー様はお忙しいご様子ですわね。――それではヒノ様、お手合わせお願いいたしますわ。……とはいえ、私闘(フェーデ)ではございませんので、実戦用の武器を使うわけにもまいりませんわね、砦の中なら稽古用の剣があるかしら……」


 ムーちゃんのことをしばらく無言で眺めたあと、メルツェーデスさんは火野さんと対戦しようとしたけど、ここで重要なことに気づいたらしく、ちょっと困ったような顔で思案し始めた。

 まあね、たとえば伯爵同士が真剣を使って手合わせした場合、〈伯爵級〉の防御魔法と武器強化魔法が打ち消し合い、生身の守護者ぶん頑丈なだけの人間同士が真剣で斬り結ぶのと同じこと……いやいや、〈伯爵級〉の怪力はそのままだから、もっとエグいことになるか……。ともかく、お互い気をつけても不慮の惨事を招きかねないから、メルツェーデスさんもさすがにそれはマズいと思ったんだろうね。

 そうだ、アレを渡そう。


「メルツェーデスさん、コレ使ってください。――ハイどうぞ」

「あら、ありがとうございます。……ハナ様、これは?」


 私の差し出したものを手に取って眺め、メルツェーデスさんは不思議そうな顔をして聞いてきた。


「竹刀って名前で、殺し合いじゃない試合や稽古で使うためのものです」

「シナイ……なるほど、これでしたら大事には至りませんわね。ハナ様、ありがたくお借りいたしますわ」


 私の雑な説明を聞いたメルツェーデスさんは、竹刀をもう一度眺めると今度は満足げに頷き、お上品な笑顔でお礼を言ってくれた。

 ……そう、私が渡したのは竹刀だったんだよ。防御魔法ナシの生身でもさ、さすがにヒッポカンプや鵺クラスの頑丈さがあれば、たぶん、竹刀で叩かれたくらいじゃ致命傷までは負わないだろうし、竹刀には武器強化魔法をかけられないから、周囲の人や物の被害も抑えることができるじゃん?


「……あら? このシナイ、武器強化魔法がかかりませんわ」

「はい、だから安全です」

「なるほど、おっしゃるとおりですわ、ハナ様のお国にはこのように便利なものがございますのね」


 メルツェーデスさんは武器強化できないことに気づき、またもや不思議そうな顔をして聞いてきたけど、私の言葉を聞くと納得したうえ、えらく感心までしてくれた。

 そのあと火野さんにも竹刀を渡し、両者が橋の向こうの開けた場所に行って対峙したところで、私は審判として試合開始を告げた。


「始め!」

「まいりますわ!」

「シャラアァァァァッ!」


 ただの竹刀を使っていても、守護者を持つ者同士の戦いは尋常じゃなく、私の声が響いたとたん、ふたりは気勢充分な声を発し、次の瞬間、信じられないスピードで動いた。


 パァン! パン! パパン!


 私なんかにゃ何がなんだかわかんないけど、とにかく、そこから始まったのは凄まじい技の応酬だ。

 片やヒッポカンプの上位個体、片や鵺、どちらの守護者も怪力の持ち主であり、その怪力で軽い人体を動かすのだから、メルツェーデスさんと火野さんのスピードは人間の限界を超えている。

 コレ、ニセ城伯はもちろんのこと、クラウスのゴーレムと戦った時より長く続いてるんじゃない? なかなかいい勝負だなあ……などと思った、その時、呆気なく勝負は決まってしまった。


「カテェェェ!」


 パァン!


「ふぎゃっ!」


 火野さんから見事に小手を決められ、メルツェーデスさんが変な声を上げて竹刀を取り落としたんだよ。


「イタタタタ……」


 涙目になって右手首を押さえているメルツェーデスさん……あ、ひょっとして、武器強化魔法のかかってない竹刀の打突なら、体に当たっても防御魔法を打ち消されないから痛くないだろうって、勘違いしてたのかな? でも実際は、モト界の物質って魔法を無効化しちゃうから、思ってたよりもうんと痛かったと……。


「ありがとうございました」


 火野さんがメルツェーデスさんにお辞儀し終わったことだし、感想を聞いてみるか。


「火野さん、どうだった? ゴーレムの時より手こずってたんじゃない?」

「せやなあ、力と速さだけやったらゴーレムのほうがチョイ上やったけど、やっぱり人間のほうが手強いわ、フェイントかけてきたり逆にこっちのフェイント見抜いたり、駆け引きっちゅうもんが上手いからなあ」


 そうかー、〈伯爵級〉の魔石を五個も使ったゴーレムでも、まだまだ人間の思考の柔軟さには及ばないのかー。


「それにな、この人、剣道やったら絶対ありえんわっちゅうとこ、バンバン狙てきよったからなあ」


 そう言って苦笑する火野さんを見て、私は納得した。

 ああそうか、剣道のルールが身に染み付いている火野さんからすれば、後頭部や頸動脈や顔面を狙ってきたり、心臓だろうがお腹だろうが構わず突いてきたり、なんてことをやられたら、やりづらいったらありゃしないよね。

 なるほど、それでちょっと手こずってたのか。……あ、メルツェーデスさん、ちょっと落ち着いたみたいだぞ。


「……た、たしかに、ヒノ様の剣技はたいへんお見事でしたわ、これに関しては、わたくしの負けを認めます……。け、れ、ど、も、貴族の力とは、本来、守護者と加護を駆使してこそ真価を発揮するものですし、また、それをもって測られるべきもの、ですわ。わたくしの場合、守護者シュテラとその眷属たちを駆使しての水上戦でこそ、真価を発揮できるのでしてよ。ですからヒノ様、く、れ、ぐ、れ、も、これでわたくしの上にお立ちになれるなどと、お思い上がりになってはなりませんことよ」


 痛そうに右手首を押さえたまま、メルツェーデスさんはこの期に及んで負け惜しみを言ってきた。……格上の能力をバンバン使う私にボロ負けした時と違って、今回は単純に剣術で負けたからなあ。

 一方、火野さんは、水堀のほうを眺めつつ何やら思案顔だ。


「かわいそうやから弱めにしとこか……せやけど加減がムズいなあ……」

「ヒノ様、聞いてらっしゃいますの!?」

「はいはい、ちゃんと聞いてま。それより、今からオモロイことしますよって、よう見とってください」


 シカトされたと思ったらしくメルツェーデスさんが文句を言い始めたけど、それを軽くあしらうと、火野さんはワイヤー付きのクナイを取り出して投げ、ヒッポカンプたちのいる水堀の中にボチャリと落とした。

 次の瞬間――。


「ヒヒィィィィン!」


 ――なんと、ヒッポカンプたちが急に苦しみ始めたかと思ったら、すぐに口から泡を吹いてグッタリし、気絶した魚みたいにプカプカと水面に浮いたじゃないか。


「シュテラ!? ヒノ様、あの子たちに何をなさったのです!」

「……いや、まあ、さっきはウチも出し惜しみしとったよって、こんな能力もあんねんでいうの見せたげよ思いましてな、雷? みたいなん堀にちょっと流して、お姉はんの馬をピリッと……」


 驚いて詰め寄るメルツェーデスさんに、バツの悪そうな顔で答える火野さん……どれ、説明しようか。

 あのワイヤー付きクナイはね、私が火野さんの能力を考慮して携行させたもので、彼女は今、ワイヤー伝いに電気を流し、クナイの周囲にいるヒッポカンプたちを感電させたんだよ。……あの顔を見るに、加減を間違えちゃったみたいだけどね。


「雷、ですって? そんなことが……いえ、たしかにあれは、水面に落雷した際に周辺の者が受ける被害と似ておりますわね……。けれど、雷を使う伯爵なんて聞いたこともございませんわ……つまりヒノ様は……」

「メルねーさん」

「は、はいっ!」


 雷と聞いて青い顔をしていたメルツェーデスさんは、火野さんに声をかけられるや、ビクッと跳び上がって返事した。

 どーでもいいけど、火野さんはメルツェーデスさんの呼び名を決めたみたいだね。


「ウチの勝ちでええです? どうしても納得でけん言わはるんやったら、馬が目ぇ覚ましてからメルねーさんにも堀入ってもろて、もっぺん勝負し直してもええねんけど、先言うときますわ、加減ミスったらスンマセン。……堀、入らはります?」

「……あ、いえ、わたくしの負けを認めます、完敗ですわ……」


 脅迫ともとれる言葉を聞いて、しおらしく負けを認めたのはいいけどさ、メルツェーデスさん、何か忘れてない?


「おおきに。ほな、次はムーとやらはるんやったね」

「へ……」


 ……そう、まだムーちゃんとの対戦が残ってるんだよ。


「なあムー、メルねーさんがアンタにも胸貸してくれはるんやて、そんなんええからこっちおいでぇな」


 青ざめているメルツェーデスさんをよそに、火野さんがムーちゃんに声をかけたんだけど、釣られてムーちゃんのほうを向いたメルツェーデスさんは――。


「ヒィィィィッ!」


 ――その光景を見るなり、アラレもない悲鳴を上げた。

 無理もない、なんせ、彼女が目の当たりにしたのは、ヒッポカンプたちの巨体を軽々と糸で吊り上げている五体の大蜘蛛と、あらわになったヒッポカンプの下半身を写真に撮りまくる、狂気に満ちたムーちゃんの姿、だったのだから……。

 ムーちゃん、ヒッポカンプの下半身がどうなっているか、気になってしょーがなかったんだね。



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