第二三五話 帝立女学院 三 たのもー
あのあと、戦意を完全に喪失してしまったメルツェーデスさんは、ムーちゃんと対戦するまでもなく負けを認めたんだけど、エーリカちゃんの側仕えとしてここに来てから日も浅いだろうに、彼女はちょっとした有名人になっているらしく、十代半ばくらいの少女たちに彼女が二度も続けて敗北した、ということで――。
「マジかよ、あの、怪力お嬢様が……」
「金髪の狂犬が……」
「暴走ヒッポカンプ軍団が……」
――などと、ざわめく声が守備隊の人たちの間から聞こえてきた。
彼女はこの都市で何やってたのやら……。
ともかく、それから私たちはメルツェーデスさんに連れられて北砦を通過し、その南側にある大きな橋も渡り、ようやくグライフスブルク市内に入ることができた。
彼女が私たちの身元を保証してくれたおかげで、市門を抜ける際は顔パスみたいな感じだったけど、貴族の接待役らしき人がせっかく来たのに、彼女からキッと睨みつけられてスゴスゴと引っ込んでったのは、ちょっと申しわけなかったなあ。
まあ、そんなこんなで、私たちはメルツェーデスさんオススメの高級宿にチェックインして、現在、宿泊客と外来者の面談用みたいな個室を借り、彼女を含めた四人で語り合っているところなんだよ。実質、私とメルツェーデスさんのふたりで会話してるようなモンだけどね。
「――と、いうわけなんですよ」
「なるほど、ハナ様はそのような加護もお持ちでいらしたのですわね、ご本国へ一瞬でお戻りになれるだなんて、本当に素晴らしいですわ。で、ヒノ様とムー様を護衛としてお加えになり、マーヤ姫殿下をお探しするために再度この国へいらしたと」
貴族や豪商の泊まる高級宿だけあって、この小さな個室にも立派な暖炉があり、暖炉の前には背もたれ付きの椅子が四脚、向かい合うように置かれている。
そのひとつに腰掛けて暖炉の火を見やりつつ、燃え盛る森から脱出した経緯を私が話すと、食い入るように聞いていたメルツェーデスさんは、最後にムッチャ感心しながら納得してくれた。
最果ての地まであっと言う間に帰れるなんて、反則級の能力なんだから、こうして彼女が感心するのもわかるけど、これでも、私たちの本国が異世界にあるってことは隠しているんだよね、念のために。
「たしかに、こちらのおふたりにでしたら、ハナ様をお任せしてもまったく差し支えございませんわ。――ヒノ様、ムー様、ハナ様のこと、よろしくお願いいたしますわね」
「はい、きばって守ったりますわ」
「花ちゃんの敵は後悔するでしょう……生まれてきたことを……」
陰陽コンビのことを頼もしそうに眺めると、メルツェーデスさんはふたりに私のことを託し、返ってきた言葉を聞いて満足げに微笑んだ。
あれ? ひょっとして、この人がふたりに勝負吹っかけたのって、悪い病を再発したからじゃなく、私の護衛としてふさわしいか見極めるためだったんじゃ……。
「メルツェーデスさんが私のことをそんなに心配してくれてたなんて、感激です! ありがとうございます!」
「か、勘違いなさらないでくださいまし! わたくしは別に、アナタの心配なんてしてなくってよ!」
私がお礼を言うと、メルツェーデスさんは真っ赤になって否定した。……再会した時は涙まで流してたくせに、相変わらずツンデレだなあ。
「心配していらっしゃるのは第一皇女殿下ですわ。……悪神によってハナ様が焼き殺されたかもしれない、などというお話をお聞きになってからというもの、すっかり塞ぎ込んでしまわれて、お食事も喉を通らないご様子ですの……」
私、エーリカちゃんにも心配かけちゃったんだな……。
「……それで、ハナ様との思い出がおありの品ならお召し上がりになるのではと、わたくしがレープクーヘンを買いに出ておりましたところに、ナハツェーラーが現れたとの声が聞こえたものですから、衛兵のハルバードをお借りして駆けつけた、というわけですの」
「エーリカちゃん、そんなに心配してくれてたんですね。大丈夫かなあ……」
「そのようなお顔をなさらなくてもよろしくてよ。わたくし、帰ったらすぐにでもハナ様のことをお知らせして、第一皇女殿下のお心を安んじて差しあげます。そうすれば、殿下も必ずお元気になられますわ」
私がエーリカちゃんのことを逆に心配してたら、そんな私を元気づけるようにメルツェーデスさんは微笑んでくれた。……こんなところも相変わらずだね。
そのあともしばらく私たちと語り合った彼女は、必ず明日の午前中に女学院を訪れるようにと言い残し、エーリカちゃんやクラウディアさんの待つ学生寮へと、軽やかな足取りで帰っていった。
◇ ◇ ◇
そんなわけで、翌日の朝――。
前にクラウスから聞いた話によると、河口近くに位置するグライフスブルクは、市壁北側にある川港から少し下れば海に出られるため、海上交易で栄えているらしい。
そうした商都であると同時に、ここは聖リーリエ帝立女学院を有する学都でもあり、賑やかなマルクト広場から離れた一区画を建物や塀で囲い、その内側に学院の諸施設や学生寮などを配している。
貴族家次期当主たる乙女たちが帝国中から集められているという、その女学院を、私たち三人はメルツェーデスさんとの約束どおり訪れた。
なんでも、今はまだ冬休み中だから、午前中に訪問しても差し支えないのだとか。
「たしか、ヨーロッパの学校ってさ、塀や柵で囲わずに街並みと同化してるから、パッと見どれが学校施設なのか判別しづらい、ってトコが多いはずなんだけど、ここはガッツリ塀で囲ってあるね」
「そらまあ、ええトコのお嬢様が通うガッコやからちゃう? 知らんけど」
「外から見る限りだと……新しい様式で新築されたものや、改築されたものも……あるみたいだけれど、ゴシック風の建物もまだ残ってるようね……ゴシックホラー的な雰囲気でとても素敵……。ちなみに……ゴシックとはいえ、ゴシックホラーが流行したのは近代に入ってからで……ブラム・ストーカーやメアリー・シェリー、エドガー・アラン・ポーなどが有名だけれど、先駆者とされるホレス・ウォルポールも、忘れてはならないわ……」
などとくっちゃべりつつ、私たちは長いレンガ塀沿いに歩き、やがて、学院の正門前にたどり着いた。
女子校らしく優雅な装飾を施されたロートアイアンの門扉(ヴェルサイユ宮殿とかにあるアレね)は、俗世と聖域を隔絶しているかのように固く閉ざされ、門の両脇には塀と同様にレンガ造りの守衛詰所みたいなのがあって、その外に、ハルバードを手にした門番さんがふたり、彫像のごとく立っている。
どちらも防寒のためか脛くらいまである長く厚いマントに身を包み、ハルバードを垂直に立てて微動だにせず、真っすぐ正面を向いて表情も変えず、この場を守ることに誇りを持っているのだろう彼らの姿は、なんともカッコいい。
ふたりとも体格がやたら立派なのは、もちろん、守る場所が場所だから実力者を選んだってこともあるんだろうけど、ここの守備を担っている北部低地公の威を示すために見栄えのいい人を置いた、なんて理由もあるんだろうな。
さて、ずっとここで見てるわけにもいかないから、門を開けてもらうとするか。
「たのもー」
「ラタトスク!? ……いや、人間か……」
「……」
またかよ……。
「コホン……。お嬢様方、誠に失礼かとは存じますが、許可証を拝見してもよろしいでしょうか?」
私を何かと間違えかけた門番さんだったけど、すぐに気づくと、バツが悪そうに咳払いしてから、やたら丁寧な口調で言ってきた。
なるほど、ここを通ろうとする人間なんて、フツー、学院生やその侍女も含む学院関係者くらいだろうから、門番さんたちも失礼な対応をするわけにゃいかないもんね。
「許可証は持ってません」
「……ああ、お忘れになったのですね。それでは、失礼ながら、皆様のお名前とご身分を伺ってもよろしいでしょうか? お年頃から察しますに、学院生のお嬢様、もしくはお側仕えの方かとは存じますが」
「あ、学院生でも侍女でもありません、三人とも部外者です」
「……」
私に話しかけてきた門番さんは、相手が部外者だと知って言葉を失い、それから相方と顔を一度見合わせたあと、また私のほうを向いた。
「……あ、ああ、御用聞きに来た商人……いや、年齢的にありえないか。……しかし、三人とも高価そうな靴を履いているし、マントも上等だし…………ヒッ! ヒィィィィ! ナハツェーラー!」
私に話しかけようとして思い直し、私たちの身なりを見て混乱する門番さんだったけど、私たちの足元から視線を上げてゆき、最後にムーちゃんと目が合ったとたん、アラレもない悲鳴を上げて跳びすさった。
「テンドンかいな……」
「火野さん、それは違うんじゃないかなあ、基本的にテンドンってのはさ、ひとりの人間が同じ場で同じボケを繰り返すことだから、異なる場で異なる人たちが同じリアクションをするのは、テンドンって呼んじゃいけないと思うんだよ」
毎日毎日同じ展開が繰り返されるモンだから、火野さんがボソッとツッコミを入れ、それに私が異議を唱えた――その時。
ドドドドドドドド――。
「ナハツェーラーはどこだぁぁぁ!」
「オーッホッホッホッ! お覚悟あそばせぇぇぇ!」
「学生はすっ込んでなさい! あたくしの獲物ですわよ!」
「いいえ! アタクシの実験材料ですわ!」
なんか、殺気立ったお嬢様の集団や教師っぽい感じの淑女たちが、コッチに向かって爆走して来るのが見えたんだよ、昨日のメルツェーデスさんみたいな感じで……。
「テンドンか……」
その光景を声もなく眺めている私のとなりで、火野さんがもう一度、ボソッとツッコミを入れた。




