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第二三二話 本土上陸! 六 次の目的地へ!



 肉の焼ける臭いと魔石だけを遺し、ニセ城伯が光の粒子と化していく……。

 その様子を見届けると、火野さんはようやく残心を解いた。


「よっしゃ、キラキラや。……せやけど、思とったんとちゃうなあ、クラウスのオッサンのゴーレムと比べたら月とスッポンやで」


 あー、あのゴーレムがそこそこ強かったから、魔剣持ちのナハツェーラーにも期待してたんだね、なのに歯応えが無かったモンだから、火野さんとしては少々ご不満だと……。


「火野さん、あのゴーレムと比べちゃかわいそうだよ、ナハツェーラーって、しぶとさと特殊能力を除いたら人間とそんな変わんないし、そもそも格が違うからね。――あ、ムーちゃん、そろそろ大蜘蛛さん戻してあげないと、店の人たちがドン引きしてるよ」

「うん……店の人を発狂させたら……かわいそうだものね……くねくね……を凝視してしまった人のように……」


 私の言うとおりにムーちゃんが大蜘蛛を消すと、それまで恐怖に顔を引きつらせていた店員さんたちが、ホッと胸を撫で下ろした。……サン値がゴリゴリ削られてたもんね。


「皆様、誠にありがとうございました」

「いえいえ、……あ、それより、ナハツェーラーにこの言葉を使うのもアレですけど、生け捕りにしたほうがよかったですか?」


 お店を代表してカスパーさんがお礼を言ってくれたので、私は顔の前で手をヒラヒラさせたあと、ちょっと気になったことを聞いてみた。

 せめてニセ城伯だけでも生け捕りにして役人にでも引き渡しておけば、やつらの組織の全容を知る糸口になったのでは? と思ったんだよ。


「いえ、このたびのナハツェーラーの背後には、かなり大がかりな組織が控えているかと思われますが、そういった場合、実行犯などという末端の者は、重要な情報を知らされていないことが常でございますので、そのような者を生け捕りにして締め上げたところで、たいした情報は得られないでしょう。それに、ナハツェーラーを引き渡されたほうが、衛兵や役人も扱いに困っていたと思いますよ、ほんの少し影に触れただけで即死させられてしまうのですから」


 うーむ、そういうものか。……まあ、私もそう思ったからこそ陰陽コンビの好きにさせたんだけどね。


「ですよねー。それじゃカスパーさん、さっそくですけど、できたてホヤホヤの〈城伯級〉魔石を三個、買い取ってもらってもいいですか?」

「はい、喜んで」


 私がお願いすると、カスパーさんは完璧な営業スマイルで引き受けてくれた。

 え? せっかく手に入れた魔石を簡単に売っていいのか? いいんだよ、〈城伯級〉以下の魔石はあまり貴重じゃないからね、ジャンジャン売っていこうって三人で決めてあるんだよ、〈伯爵級〉以上だったら三人で相談してから売るけどね。

 ともかく、こうして私たちは、帝国本土上陸を果たしたその日に、まんまと当面の旅費を手に入れたのであった。


      ◇      ◇      ◇


 翌日の朝、シュトラールヴィントから南東へと延びる街道の上に、私たち三人組の姿があった。

 帝国北部には山らしい山も無く、見渡す限りの平野が広がっていて、広大な牧草地の向こうに森が、そしてその向こうにどこかの都市のものだろういくつかの尖塔が、冬の淡い光の下、幻のように霞んで見える。

 私はこんな感じの風景画を観たことがある。あれを描いたのは、たしか、カスパー・ダヴィット・フリードリヒだったろうか?

 彼の絵はどこか寂しげだったけど、私が今見ている風景はそう寂しいものでもなく、牧草地の上にポツポツと見える風車がなんとも牧歌的でイイ感じだ。

 ちなみに、都市からちょっと離れた時点で大二郎を出し、三人が交代で運転していて、今はムーちゃんの番だよ。……なんか、死体を運んでるとでも思われてるのか、すれ違う人に高確率でギョッとされるけど。

 カスパーさんは商会の馬車を出すって言ってくれたんだけど、乗り物酔いしやすい私とムーちゃんが丁重にお断りしたんだよ。

 そうそう、カスパーさんと言えば、彼に買い取ってもらったナハツェーラーの魔石の代金で、私たちは昨日、かなり高級な宿に泊まらせてもらったのだ。そのほうが快適だし防犯の面でも安心だからね、ここは妥協しちゃいけないと思うんだよ。


「言ったとおり高級宿にして正解だったでしょ」

「せやなあ、前の日に泊まった宿とはホンマ大違いやったなあ、ベッドも清潔でフカフカやし、料理の品数もムッチャ多いし、パンも石みたいなんちゃうし、スープも野菜クズや髪の毛とちゃうマトモな具が入っとるし、接客もムチャムチャええ感じやし、やっぱり高いだけあるわ」


 しみじみといった感じで私の言葉に頷く火野さん。……前日の宿があまりにもひどかったからか、この子も高級宿のことをかなり気に入ってくれたようだね、いつもは太陽みたいな笑顔が、あのオンボロ宿で晩ご飯を食べた時はさすがに曇ってたもんね。

 ……いや、小さな田舎町の宿なんだから、建物や設備がオンボロでも料理が質素でも文句言わないよ、ホントは私たちも。

 でもね、あの宿は手入れをした形跡すら皆無だったし、久しぶりに客が来たからここで稼ごうとでも思ったのか、宿泊料金を法外に吹っかけてきたし、そのくせ料理は明らかに手を抜いてるし量も少ないし、何より宿の人がムッチャ横柄だし、とにかく、これまで私が泊まったどの宿とも違う、最悪の宿だったんだよ。

 精一杯もてなしてくれたクルトくんたちの村を見習え!


「朝食もうまかったなあ、チーズやソーセージってあない種類があるんやなあ」

「でも……私的に、夕食に出たニシンは……ちょっと……」


 今回の宿の料理を絶賛する火野さんに、大二郎の中からムーちゃんが暗い声で異論を唱えた。

 彼女は私に負けず劣らずの偏食家だから、クセのあるニシンの酢漬けだか塩漬けだかが口に合わなかったんだろう。……わかるよ。


「あー、アレね、私もちょっと苦手だなあ」

「そうか? ウチ、うまかったけどなあ」


 私がムーちゃんに同意していると、真綾ちゃんの同類である火野さんは、さも不思議そうな顔をした。


「火野さんや真綾ちゃんみたいな健康優良児にゃ、私たちみたいな日陰者の気持ちなんかわかんないでしょうよ」

「いやいや、腹減ったら消しゴムでも食いそうな姫様と一緒にせんといて、ウチかて嫌いなモンあるで、納豆だけはアカンのや、オトンの足みたいな臭いするよってな」

「あ……私も、納豆は無理かな……北米の怪物、ウェンディゴの……腐敗臭みたいで……」

「えー、納豆おいしいじゃん。ってか、ふたりとも納豆に謝りなよ」


 ――とまあ、こんな感じでくだらない会話をしつつ、私たちは次の目的地に向かっているところなんだよ。

 え? 次の目的がどこか? それはね……。


「なあ花、グライフスブルクっちゅう町着いたら、狩人ギルドに登録するねんな?」

「うん、真綾ちゃんと合流できるまではそこを拠点にするつもりだからね、三人でギルドに登録して、ヒマがあったら都市周辺の魔物でも狩りに行こうか。あと火野さん、町じゃなくて都市ね、そこ間違えると都市住人に怒られるから」


 ……そう、私たちは、シュトラールヴィントから南東に徒歩で一日(大雑把に朝から夕方までのことだよ)ほどの距離にあるというグライフスブルクって都市に滞在し、そこで真綾ちゃんを待つことにしたんだよ。真綾ちゃんを探してウロウロしてたら彼女とすれ違いになった、なんて事態を避けるためにね。

 そもそも、シュナイダー商会の支店を昨日訪れたのも、グライフスブルクで私たちが待ってるって、商会のネットワークを通じて真綾ちゃんに伝えてほしかったからなんだ。

 で、拠点をグライフスブルクに決めた理由はね――。


「召喚能力者のみが集う学院。……つまり……魑魅魍魎が跋扈し、怪異こそがむしろ日常たる、魔窟。……フフフフフ……」

「その学院におるねんな、花が言うとった皇女はん。会えるん楽しみやなあ」


 うんうん、ムーちゃんも火野さんも楽しみにしてるみたいで何よりだよ。……そう、エーリカちゃんの通う聖リーリエ帝立女学院があるからこそ、私はその都市を拠点にするって決めたんだよ。

 貴族家次期当主たちの集う女学院があるってことは治安もいいだろうし、交易都市でもあるらしいから宿や食べ物も期待できるし、何より、そこを拠点にしてたら、エーリカちゃんやクラウディアさんやメルツェーデスさんといつでも会えるじゃん? ムッチャ楽しそうじゃん!

 クラウスから貰った海図を見てグライフスブルクが近いと知った時、そりゃもう私は跳び上がって喜んだモンだよ。……アリガトね、クラウス。


「グライフスブルクに着いたら、ふたりのことはエーリカちゃんたちにバッチシ紹介するからね。――さあ、気合い入れて行くぞー!」

「おお!」

「おー……」


 珍しく晴れ間の見える帝国の冬空に、私たちは三人揃って元気よく、右拳を突き上げたのであった。……相変わらず、ムーちゃんは蚊の鳴くような声だったけど。

 よーし、今は真綾ちゃんも私たちと同じ北部低地公領にいるみたいだし、再会できる日も近いぞー!


      ◇      ◇      ◇


 ――カスパーからの手紙――。


 親愛なるトーマスへ。


 元気か? 本店への報告もあるので取り急ぎこれだけ伝えようと思う、ハナ・サイトー様はご無事だ!

 今日、私の店にお越しくださったのだ、それも、ご本国からいらしたご友人おふたりとご一緒に!

 そのおふたり、ヒノ・テルコ様とムー・レンダイノ様は、どちらも驚天動地の能力をお持ちの女傑でいらっしゃるから、これでハナ様は安泰だろう。

 マーヤ姫殿下のことをハナ様がお名前で呼ばれるのに、ヒノ様とムー様は姫様と呼んでいらっしゃった、ということから、彼女たちのご関係が見えてきそうだが、そのような考察や今日ここで何があったかについては、次の手紙に詳しく書こうと思う。

 とにかくハナ様はご無事で、これからはご友人方とご一緒に、グライフスブルクでマーヤ姫殿下を待たれるそうだ。

 マーヤ姫殿下への伝言については、ハナ様やご友人方のことと併せてこれから本店に報告するので、そのうち全店に通達が届くだろう。


 これを読んだら早くヤーナにも見せてあげてくれ、ふたりが元気じゃないと私も仕事に専念できないからな。

 親愛を込めて

 カスパーより


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