第二三一話 本土上陸! 五 天誅
「さてと……。もう正直に言いなよ、アンタ、城伯ってより〈城伯級〉でしょ? 私には丸っとお見通しだよ、アンタも後ろのふたりもナハツェーラーだよね?」
「ぐぬぅ……」
実を言うと、途中からコイツらの正体には気づいてた。何しろ私、そりゃもう嫌っちゅうほどナハツェーラーを見てきたからさ、もはやナハツェーラーマスターと言っても過言じゃく、なんとなくナハツェーラーを見分けられるようになってるんだよね。
正体を暴露された自称ベル……もうニセ城伯でいいや、ニセ城伯は、悔しそうな顔をして黙り込んでいたけど、しばらくすると吹っ切れたのか、濁った瞳で私を見据えながら肩を震わせて笑い始めた。
「……クックックッ、よくぞ見破ったと褒めてやろう。だがそれまでよ、お前は今、私の影に触れておるのだぞ? つまり、お前の命は我が手中にあるということだ。……どれ、賢しらにこの私を愚弄した罪を贖わせてやるか、そのあとは残りの連中も皆殺しにして、それからゆっくりと魔石を貰うとしよう。……ああ、そうそう、これまで私は数えるのも面倒なほど人間を殺し、その屍肉を喰ろうてきたが、子供の肉こそ至高の美味であると思い至っておるゆえ、魔石を手に入れたあとで、お前の屍肉も存分に堪能してやるぞ」
ナハツェーラーには、自分の影に触れている者の命を奪うって凶悪な能力がある。だからニセ城伯も、自分の影がかかっている私を見て余裕ぶっこいてるんだろう、自分たちの犯してきた罪をペラペラとしゃべり始めた。
「後ろのふたりなどは成熟した女の肉ばかり好むが、子供肉の良さがわからんようでは真の美食家にあらず、まったく嘆かわしいことだ……と、いうわけで、――死ね! 利口ぶったチンチクリ……あれ? 死……あれ?」
さんざん美食家ぶって満足したのか、私を本日のメインディッシュにすべく能力を発動するニセ城伯だったけど、ところがドッコイ、魔素を含まない私にそんな能力が効くはずもなく、元気そうな私を見てやつは首を傾げた。
「お前、貴族だったのか! だがしかぁし! 〈伯爵級〉の魔剣までは防ぎきれまい!」
そんなことをしばらく続けた結果、自分の能力が私に効かないと察するや、ニセ城伯は物理攻撃に切り替えることにしたらしく、魔剣をグワッと大上段に構えた。
たしかにこの魔剣なら、男爵や城伯は言うに及ばず、通常の武器が効かない伯爵を斬り殺すことだってできるだろう。
この時、敵味方関係なく、ここにいる誰もが想像したに違いない、私の頭がカチ割られるという一瞬先の光景を。……そう、私たち三人を除く誰もが。
で、どうなったかというと……。
「死ね――」
「ドヤアァァァァッ!」
「――グホッ!」
……とまあ、こんな感じで、ニセ城伯はガラ空きになった胴を火野さんに打たれ、くの字にメキョッと折れ曲がると、そのまま、後ろにいる仲間ふたりの間を抜けて吹っ飛んでったんだよ。
念のため〈食いしんぼモード〉になってたから、ホント言うと私はあのままでも無事だったんだけど、火野さんは護衛としての仕事をシッカリしてくれたね。
うんうん、ホント頼りになるなあ。
「カ、カハッ……この怪力……ゼェ、……お前も……ゼェ、貴族だった……のか……」
あらら、やっぱりナハツェーラーってのはしぶといね、かなりのダメージを受けただろうに、魔剣を杖代わりにしてどうにか立ち上がったよ。……ムッチャ苦しそうだし、小鹿のごとく膝もガクガクしてるけど。
「なあオッサン、せっかく立派な剣持っとんのやから、ウチの相手してぇや」
そんなニセ城伯に向かって何を言うかと思えば、火野さんは特殊刀を構えつつ、勝ち気そうな目を爛々と光らせて勝負を挑んだ。
あー、なるほどね、どうして感電させなかったのかと思ったら、火野さんめ、魔剣持ちのナハツェーラーで肩慣らしする気だな。
でもね火野さん、いくら魔剣を持ってたってさ、ナハツェーラーの運動能力自体は生前とあまり変わらないから、たぶん肩慣らしにもならないと思うよ。それに、誰よりも本人がそれを知ってるはずだから、そんな挑発に乗ってくれるかなあ。
「……クソッ、そう言うからには……ゼェ、どうせ、物理特化の守護者を持つ……ゼェ、城伯なのだろう……ゼェ、ナハツェーラーだと思って馬鹿にしおって……フゥ……。誰が誘いになど乗ってやるものか!」
ほら、やっぱり断られた。
「人質を取れ!」
うーむ、清々しいまでの小物っぷりだね、旗色悪しと悟ったとたん、ニセ城伯のやつ、店の人たちを人質にするよう仲間たちに指示しやがったよ。
でもね、そんな彼の濁った瞳に映ったのは……。
「ギャァァァ!」
「や、やめ――」
……絡みつく糸に自由を奪われたまま、人間よりもでっかい蜘蛛に頭をパックンされ、儚くも光の粒子と化してゆく、仲間たちの姿だったんだよ。
異世界転移するにあたって、もしも現地で近距離から中距離の戦闘になった場合、基本的に、能力が攻撃向きで運動神経もいい火野さんに主攻を任せ、幻想生物に詳しく能力の使い勝手も頭もいいムーちゃんは、臨機応変に立ち回り、運動神経がアレなうえに能力の使い勝手も悪い私は、自分の身を守ることに専念する、ってなふうに、私たちの間で役割を決めてある。
で、今回、ナハツェーラーの能力についても知っているムーちゃんは、眷属である大蜘蛛(頭の先からお尻の先までの体長が二メートル以上もあるのだ!)を召喚して、店の人たちに被害が出るよりも先に敵を排除したってわけだ、容赦なく。
女子供を何人も食べてきたなんてニセ城伯が自慢げに言うもんだから、いちばん怒らせたらヤバいムーちゃんを本気で怒らせちゃったじゃないか。
「……な、なんという残酷なことを……」
ニセ城伯は凄惨な光景を見て愕然となりながら、言う資格すら無い言葉を口にした。
「ムーは容赦ないなあ……。けどなオッサン、自分らも罪の無い人間にエグいことムッチャしてきとんのやろ?」
「に、人間を食って何が悪い! お前らが豚を食うのと同じではないか!」
「……言うてもわからんか。――よっしゃ、ほなオッサン、こうしよか、ウチと一対一で勝負してオッサンが勝ったら見逃したる」
ナハツェーラーたちの末路を見てドン引きしたあと、なんだかんだで優しい火野さんはニセ城伯に向かって諭すように言ったけど、返ってきた言葉を聞いてちょっと残念そうな表情を浮かべると、すぐに笑顔を作ってニセ城伯に取り引きを持ちかけた。
その結果――。
「その言葉に嘘はあるまいな?」
「ホンマホンマ、せやから本気出しや」
「馬鹿にしおって……。よかろう、後悔させてやるわ」
――と、こんな感じでニセ城伯は火野さんの誘いに乗ったわけだ。まあ、あの大蜘蛛と火野さんを同時に相手取るよりはずっとマシだから、ニセ城伯からしたら希望の光が見えたって感じだろう。
ともかく、火野さんのことを自分と同格だと思い込んでいるニセ城伯は、希望の光なんか皆無だという事実も知らずに剣を構え、対して火野さんも特殊刀を中段に構えた。
……おや? このニセ城伯、意外にも、そこそこ堂に入った構えだし、無闇に突っ込まずに仕掛けどころを探っているみたいだし、ひょっとすると生前は、そこそこ剣の修練を積んだ男爵か騎士あたりだったのかもしれないぞ。
でもね、そこそこ修練を積んだくらいで火野さんに勝てるはずもなく――。
「貰っ――」
「天誅ーっ!」
バリバリバリ!
「――ギャァァァ!」
――まんまとフェイントに引っかかり、彼女の頭を狙おうとしたところで、逆に電光石火の出鼻面を決められると同時に感電し、断末魔の悲鳴と煙を上げながら、生ける屍はただの屍になった。
私が以前、「相手を感電させるときに天誅って叫ぶヒロインがいたなあ、虎縞ビキニは最高だなあ……」などと口走ったことを、火野さんは覚えててくれたんだね。




