第二三〇話 本土上陸! 四 クレーマー
「皆様、たいへん失礼ではございますが、あちらで何かあったようですので、少々席を外させていただきます」
申しわけなさそうにそう言ってカスパーさんが席を立ち、何やらトラブルの起きているらしい広間へ向かったので、なんとなく気になって私たちもついて行った。
でね、私たち三人が扉から頭を覗かせて広間の様子を見てみると、そこには、いかにも貴族か高級官僚といった感じの偉そうなオジサンが、護衛らしき屈強そうな男ふたりを後ろに従え、さっきの若い店員さんを罵っているところだったんだよ。
「帝国屈指の大商会が聞いて呆れるわ! この無礼者め!」
「申しわけございません……」
うーん、えらい剣幕で怒鳴られてる店員さんはすっかり畏縮しちゃってるし、他の店員さんたちもムッチャ困った顔してるじゃないか、立場の弱い人をいじめるモンスタークレーマーって、どこの世界にもいるんだねぇ、嫌だなあ。
と、ここでカスパーさん登場だ。
「お待たせいたしました、私が当支店の責任者でございます。お客様、何か当方に不手際でもございましたでしょうか?」
大人はすごいなあ、あんな狂犬みたいな相手にだって、物腰やわらかく冷静に対応できるんだから。カスパーさんが来てくれたことで店員さんたちもちょっと安心した様子だし、さすがは大商会の支店長だなあ。
それに比べてクレーマーのウザいことウザいこと、ドぎつい香水の匂いがここまで漂って来てるよ。
「おい支店長、お前の店はどうなっておる! 〈伯爵級〉の魔石百個を売ると契約しておきながら、引き渡し日である今日になって売れぬとはいかなる了見だ!」
「〈伯爵級〉の魔石を百個も……。お客様、お言葉ながら、そのような契約を結んだ覚えはございませんが、お手持ちの契約書を拝見してもよろしいでしょうか?」
クレーマーは新たな獲物を発見した肉食獣のごとく、濁った瞳をカスパーさんに向けるや否や、黄ばんだ歯を剥き出してイチャモンをつけ始めたけど、カスパーさんは至って冷静な対応だ。
「黙れ! 私はシュナイダー商会を信用したからこそ、ここまで来てやったのだぞ! 契約書など置いて来たわ!」
「……。それでは、誠に恐縮でございますが、ここは一度お引き取りいただいて、改めて契約書をお持ちいただけますでしょうか?」
おいおい、とてつもない額が動く取り引きだってのに、契約書も持たずにやって来て逆ギレとは、さすがのカスパーさんも一瞬絶句したじゃないか、それでも冷静に対応を続けるあたり、やっぱ大人だね。
それにしてもこのクレーマー、外の寒さがかなりキツかったのか、ムーちゃんより顔色が悪くなってるじゃん、こんなところでプンスカ怒ってるよりさ、どこか暖かい場所でホットワインでも飲んでたほうがいいと思うよ。
「なんだと! 自分たちの不手際を認めぬばかりか、客に出直せと言うか! シュナイダー商会がこれほど傲慢であったとは驚きよ、開いた口が塞がらんわ。そもそも取りになど戻れるものか! ここから帝都まで往復するのにどれだけかかると思っておる!」
……ん? 帝都?
「帝都……。失礼ながら、お客様のご尊名を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ふん、いいだろう……。聞いて驚け、我こそは皇帝陛下の直臣にして側近中の側近、ベルトーク城伯である! ――見よ、この魔剣を! 〈伯爵級〉の魔剣を使えることこそが城伯たる証拠よ!」
クレーマーは名乗ったかと思えば、いきなりロングソードを抜いて高々と掲げた。……うわぁ、いろいろと危ないやつだなあ。
店内でいきなり刃物を抜いたのにはドン引きだけど、ロングソードの柄には明らかに〈伯爵級〉とわかる魔石が嵌め込まれ、妖しい光を放っている。
間違いなく〈伯爵級〉の魔剣だ。
「たしかに……」
「納得したなら大人しく魔石を渡さぬか、もし在庫が百に足らぬのならば、とりあえず今日のところは在庫すべてを渡せ、さすればそれで赦してやらんでもないぞ、私は慈悲深いからな」
「しかしながら、皇帝陛下のご側近でいらっしゃるあなた様ならご存じでしょう、皇帝陛下より国中の魔石商に、当面の間は〈伯爵級〉以上の魔石を売ってはならぬ、とのお達しがございまして……」
お客様は神様だという言葉はあくまでも店側の理念であって、客のほうがそれを相手に押しつけて威張り散らすモンじゃない。そんなカスハラ野郎はモト界にもいるけど、コッチの世界で貴族なんかにゴリ押しされると、もう店側はどうしようもないじゃないか。
相手が貴族だと確定してカスパーさんはますます困ってるよ、かわいそうだな……。
「私はその皇帝陛下より直々に仰せつかったのだぞ、一刻も早く〈伯爵級〉の魔石を調達するようにとな! お前は勅命に背くつもりか!」
「勅命に背くなど滅相もございません、しかし……。公にはされておりませんが、当方の入手した情報によりますと、量産されたカノーネで武装したナハツェーラーの群れが、畏れ多くも第一皇女殿下の行列を襲撃した、とのことでございますので、そのような状況下にある今、カノーネの材料となる魔石を軽々しくお売りするわけにはまいりません。お急ぎのところ誠に恐縮ではございますが、せめて、帝都に問い合わせるお時間だけでも頂戴できませんでしょうか」
「帝都に問い合わせるだと! この私が勅命を騙っておると言うか! そもそも、カノーネで武装したナハツェーラーの群れが第一皇女殿下の行列を襲撃した、だと? そのような話など聞いたこともないわ! 妄言を吐いてまで勅命に背くか、この賊徒め! 今すぐ成敗してくれよう!」
私、もう……限界だ!
「あのう、ちょっといいですか?」
「あん? 子供がなんの用だ」
思い余った私が近寄って話しかけると、自称ベルトーク城伯とやらは片眉上げて見下ろしてきた。
「あなたは帝都の人なんですよね? だったら帝都で魔石を買えばいいし、帝都の近くにだって魔石を売ってる店はあるだろうに、どうして、これだけ遠い場所までわざわざ買いに来たんですか? あ、ひょっとして、問い合わせるのにすごく日数がかかる帝都から来たことにして、しかも皇帝陛下の名前を出して圧をかければ、相手もしょうがなく魔石を渡すに違いない、そう思ったんですか?」
「なっ!?」
子供だと思って侮ってたんだろうね、私に指摘されるや自称ベルトーク城伯は濁った目を見開いた。
もちろん、こんなことはカスパーさんだって気づいてたに違いないけど、貴族相手に言うわけにもいかなかっただろうから、私が代弁してあげたんだよ。
……あ、自称ベルトーク城伯、反論する気みたいだぞ。
「ここまで来たのは魔石を大量に調達せよとの命を受けたからだ、今ごろは他の者らが帝都のみならず国中の主立った魔石商へも行っておるわ」
「そうでしょうね、今ごろはお仲間が各地の魔石商を訪れてることでしょう、こういうのは一斉にやらないと噂が広まって、商人たちに警戒されちゃいますからね。で、あなたのお仲間たちは、それぞれ担当した土地から特に離れた領邦の君主の名前を出しているんですよね、あなたと同じように。……それにしても荒っぽいやり口ですねぇ、よっぽど魔石が欲しいのか、あなたたちのボスはダメ元で各地に手先を送り込んだみたいですけど、どれだけの商人を騙せるでしょうか。……あ、ひょっとして、騙せなかった場合は強盗に変わるのかな? でも、商人お抱えの護衛とか都市にいる狩人や衛兵とかが、束んなってかかったら、犠牲は出ても〈城伯級〉くらい倒せるか……」
「何を……」
どうやら私の言ったことは図星だったらしく、自称ベルトーク城伯が言葉を失ってるみたいなので、その間にガンガン続けさせてもらうよ。
「皇帝陛下の側近とか言ってましたけど、不思議ですねぇ、私、帝都の宮殿内であなたを見かけたことなんて一度もありませんよ、そもそも、皇帝陛下の直臣にベルトーク城伯なんて人は存在しません」
私、視力と記憶力だけは自信あるからね、宮殿内をウロウロしている間に、あそこにいるみんなの名前と顔を憶えちゃったし、宮殿勤務じゃない人でも皇帝直属の城伯くらいだったら、宰相さんに教わって全員の名前を記憶してんだよね。
「そうそう、第一皇女殿下襲撃の話は事実ですよ、だって、帝都まで殿下を送り届けたのは私なんだから」
「ふん、何を言うかと思えば世迷い言を……。お前のような下賤の子が皇宮内に入れてもらえるものか、しかも、よりにもよって第一皇女殿下を帝都まで送り届けただと? 夢と現実の区別もつかんのか、このチンチクリンが」
「誰がチンチクリンかっ! ……イカンイカン、ここは落ち着いて……あ、そうだ、嘘じゃないって証拠を見せてあげるよ。――どうだ、この紋所が目に入らぬか!」
自称ベルトーク城伯がさ、私の話を信じないばかりか聞き捨てならないセリフまで吐くもんだから、私もつい、条件反射でクワッと目を見開いて怒鳴ってしまったけど、ここはカスパーさんみたく大人の対応をってことで、【船内空間】からあるブツを出して高々と掲げてやった。
……あ、カスパーさんのほうが先に食いついたぞ、商人は目ざといなあ。
「ハナ様、その短剣は……おお、それは紛れもなく皇室の紋章! つまりその短剣は、皇帝陛下の代理人のみが所持できるという宝剣! 大空位時代、仮の皇帝として選ばれた諸侯によって所持され、任期が終わるたびに次の者へと受け継がれ、晴れて前皇帝陛下が即位されたのちは、スペアであるもう一本とともに皇宮の宝物庫で保管されたという、国宝中の国宝……。その後、一度だけ宝物庫より出され、他国との条約締結に赴く特使に貸与されたことがある、とは聞きましたが、さすがはハナ様でいらっしゃいます、皇帝陛下からここまでのご信頼を得られるとは」
そう、私の手元を見るなりカスパーさんがバッチリ説明してくれたとおり、私が出したのは前に皇帝陛下から貰ったゴージャス短剣なんだよ。皇帝陛下の代理人うんぬんは私も今初めて知ったけど……。
「いやあ、エーリカちゃんを守り抜いたお礼にって皇帝陛下がくれたんですよ~。ってことだから、さっき私の言ったことはすべて真実です」
「……こ、こんなチンチクリンが皇帝の代理人だと……はっ! まさかお前は、報告にあった……いやいや、そんなはずはない、尊きお方の深慮遠謀をことごとく打ち破ったという小娘は、ファイヤードレイクの炎によって森ごと焼き殺されたはず、しかし……」
自称ベルトーク城伯、短剣を見て混乱しちゃってるとこ悪いんだけど、そろそろ茶番に付き合うのも終わりにさせてもらうよ。




