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第二二八話 本土上陸! 二 アダルトプレイス



 ゴロツキどもに包囲されてしまった私たちは、声をひそめて会話した。


「聞いた? コイツら、強盗だけじゃなく誘拐と人身売買までする気だよ」

「この様子やったら、今までも悪いことムッチャしてきたんやろなあ。有罪や」

「有罪ね。……八大地獄の最下層、阿鼻地獄が、ふさわしい……。阿鼻地獄は無間地獄とも呼ばれ、そこに到達するまで二千年落下し続ける必要があり……到達してからは、あらゆる責め苦を絶え間なく受け続け……舌を抜かれ、毒蛇や毒虫にさいなまれ、真っ赤に熱した鉄の山を……」


 火野さんもムーちゃんもこう言ってることだし、有罪確定ということで、悪事の報いを受けさせてやるか。


「てめぇら、何をコソコソ言ってやがる! 痛い目見たくなかったら、無駄なことしねぇで大人しくしてやがれ!」


 私たちが逃げる算段をしてるとでも思ったのだろう、リーダー格らしきゴリラが凄んできて、それを合図に仲間たちも刃物をチラつかせつつ包囲の輪を狭め始めた。

 でもね、私にはナハツェーラーの大群やクランプスの群れと戦った経験もあるうえ、今や陰陽コンビって頼もしいボディガードまでいるんだよ? そんな私がただのゴロツキごときにビビるはずないじゃん。

 てなわけで、私は陰陽コンビに刑の執行を指示しようとしたんだけどね――。


「フム。火野さんや、ムーさんや、懲らしめておやりな――」

「待ちなよクズども」


 ――その時、私の言葉を遮り、女性の声が凛と響いたんだよ。

 声の聞こえてきたほうを見てみれば、建物の戸口に若い女性がひとり立っていて、刃物を持った連中に動じることもなく、汚物でも見るような視線を向けていた。

 この季節はみんな防寒のためにマントとかで身を包んでるから、その下の服装まではよくわからないけど、その女性、マントのフードを下ろしているため顔は見える。

 年齢は二十歳くらいだろうか? ゆるやかなウェーブのかかった下ろし髪と、気だるげなタレ目に泣きボクロ、スッと通った鼻筋、少し厚めで色っぽい唇と、なんともアダルトな感じの美人さんだ。


「へぇー、こりゃまた、いい女じゃねぇか」


 邪魔されて不機嫌そうに振り返ったゴロツキどもも、声の主がそんな美人さんだったと知るや、怒るどころか舌舐めずりして喜んだ。

 そんな連中を鼻で笑い、きれいなお姉さんは吐き捨てるように言う。


「ふん、大の男が四人がかりで刃物までチラつかせて、女子供をいたぶるくらいしかできないのかい? みっともないったらありゃしないねぇ」

「何をっ!」


 こういう手合いって他人の尊厳は平気で踏みにじるくせに、自分の尊厳だけは守られるべきだと思ってるんだろうね、侮蔑の込められた言葉を聞いて、たちまちゴロツキどもは激怒した。

 そんななかでも、ゴリラはリーダーとしての威厳を見せようとでも思ったか、まあ、女ひとりだと見て侮ってるのもあるんだろうけど、余裕の笑みを浮かべてスッと目を細め、お姉さんに刃物を向けた。


「へぇー、それじゃあ、このガキどもの代わりにネェちゃんが遊んでくれるかい? どうせここの商売女なんだろう? 俺ら四人を満足させてくれたら、ガキどもを見逃してやってもいいぜ」

「さすがアニキ、そいつぁ名案だ」

「これだけの上物、なかなかお目にかかれねぇや」

「へっへっへ、堪んねぇぜ」


 ゴリラのゲスな提案に仲間はノリノリだ、たちまち私たちへの包囲を解くと、ヨダレを垂らしつつお姉さんのほうへ迫り始めた。

 バカだなあ、背中がガラ空きじゃん。……ヨシ、そろそろ火野さんとムーちゃんに合図を送って、このゴロツキどもを成敗してもらおう。

 なんてことを私が思っていると――。


「ふーん、遊んでほしいのかい? いいよ、あたしが今から相手してやる――よ!」

「グホッ!」


 ――驚いたことに、妖艶な笑みを浮かべて言い終わるが早いか、お姉さんは一瞬で距離を詰め、ゴロツキのひとりのお腹に横膝蹴りを入れたじゃないか。

 そのスピードもさることながら威力のほうも目を見張るものがあって、彼女に蹴られたやつは、なんと、くの字に折れ曲がったまま空中をスッ飛び、五メートルくらい後ろにある壁に激突して止まったんだよ。

 アレたぶん、内臓も背骨もやっちゃったんじゃないかなあ。


「……て……てめぇ、よくも!」


 残りの連中は思わず立ち止まり、壁からズリ落ちてく仲間をしばらく茫然と眺めたあと、思い出したように激怒してお姉さんのほうへ向かってったんだけど……。


「ガッ!」

「グェッ!」


 ひとりはお姉さんの左フックで顎を砕かれたまま宙を舞い、もうひとりも脇腹を蹴られて真横に吹っ飛び、最後に残ったリーダー格も――。


「な、なかなかやるじゃねぇか……。だがな、この俺をコイツらなんかと一緒にされちゃ困るぜ、なんせ俺は――ア゛ッ!」


 ――虚勢を張る間もなく股間を蹴り上げられ、白目を剥きつつ二メートルくらい垂直に飛び上がってから地面に落ちた。……ゴリラよ、もし生きていたら、これからは女として清く正しく生きるんだぞ。


「ごめんよ、あたし、足クセ悪いんだ」


 お姉さんがスラリとした白い足を下ろしつつ、地面に転がってるゴリラを一瞥して謝ったその時、私たちの頭上からいくつもの声が降ってきた。


「よくやったよ、ヘルガ!」

「スカッとしたよ!」

「ハンッ! ダサい野郎どもだねぇ、悪さばかりしてるからこんなことになんだよ、いい気味さね!」


 見上げれば、周囲の建物の二階にある窓という窓から、セクシーな感じの女性たちが顔を覗かせて、私たちを助けてくれたお姉さんに喝采を、地面で白目剥いてる野郎どもには嘲笑を送っているんだよ。


「ごめんよ姉さん方、起こしちまったね」

「なあに、どうせそろそろ身支度始めなきゃなんなかったからね」

「起きがけにおもしろいモン見られて良かったよ」

「さあ、ソイツらの片付けはコッチでやっとくから、ヘルガ、アンタはその子たちを送っておやり」


 お姉さんが二階を見上げて謝ると、女性たちは快活に笑って返した。

 この時間に起き出すセクシーな女性たちか……。さっきゴリラが「ここの商売女」とかナントカ言ってたし、ひょっとしてココ、私たちみたいな子供が絶対に来ちゃいけないアダルトプレイスだったんじゃない? 娼館が集まってるとか。

 そりゃーね、私だってもう中学二年生なんだし、いろんな小説を読み込んでもいるんだから、もちろん娼館がどういうものかは知ってるよ。

 ……ホラ、アレだ、セクシーな女の人が、男の客に、……オ、オッパイとか、おお、お尻とか触らせて、サービス料を貰うってシステムなんだよね? さすがにチ、チューまではしてないと思うけど、たぶん……。

 などと思っていると、お姉さんは二階にいる女性たちに軽く手を振ったあと、私たちのほうへ歩いてきた。


「怖かったろう? もう心配いらないからね」


 私たちのところまで来るや真っ先に私と目線を合わせ、ムッチャ優しく微笑んでくれるお姉さん……コレ、また実年齢より下に見られてるな。


「あたしはヘルガ。お嬢ちゃんのお名前は?」

「あ、ハナです」

「ハナ、泣きもせずによく頑張ったね、偉いよ」

「あ、ドモ。へへ……」


 お姉さんは子供の扱いに慣れているのか、ヘルガだと名乗ってから私の名を聞き、答えた私の頭をヨシヨシと撫でながら褒めてくれた。……うーん、子供扱いされるのはちょっと心外だけど、なんか気持ちいいし、まあいいか。


「ありがとうございました」

「おおきに! お姉はんムッチャ強いやん!」

「眼福……でした……」


 まあ、ホントは助けてもらわなくたって大丈夫だったけど、だからといって感謝しないのは違うからね、当然のごとく私たち三人はヘルガさんにお礼を言い、お礼を言われた彼女のほうは少し照れくさそうに笑った。

 白い歯を覗かせたその一瞬の笑顔は、彼女をちょっと幼く見せた。


「なんてことないよ。それよりあんたたち、シュトラールヴィントは初めてかい? ここまで迷い込んで来たみたいだけど、行きたいトコがあったら言ってみな、あたしの知ってるトコだったら近くまで送ってってあげるよ」

「それは助かります! えーと、それじゃあ、シュナイダー商会の支店までお願いしてもいいですか?」

「なるほどねぇ、三人とも値の張りそうな靴履いてると思ったら、シュナイダー商会の関係者だったんだね。――いいよ、送ったげる」


 こんな感じで、私たちはシュナイダー商会のシュトラールヴィント支店まで、ヘルガさんに案内してもらえることになったんだよ。……なぜか私だけ彼女に手を引かれて。


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