表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/24

第五話 王宮の洗礼

王宮の中は、シンが想像していたよりずっと広かった。

というより、広すぎた。

案内の兵士に連れられて廊下を歩きながら、シンはきょろきょろと辺りを見回した。天井が高い。床は磨き上げられた石畳で、歩くたびに足音が響く。壁には歴代の王たちと思しき肖像画が並んでいて、どれもこれも圧が強い。

「こちらでございます」

通された部屋は客間だった。シンの家のリビングより広い。調度品がひとつひとつ丁寧に磨かれていて、窓からは手入れの行き届いた庭園が見えた。

「ガルディアス陛下はのちほどいらっしゃいます。しばらくこちらでお待ちください」

兵士が下がると、シンは部屋にひとり残された。

「……広い」

ぽつりと言って、革張りのソファに恐る恐る腰を下ろす。ひどくいい沈み心地で、思わず背もたれに体を預けてしまった。

その瞬間。

ぐらっ、と、ソファが傾いた。

「ひっ」

背もたれが突然ゆっくりと後ろへ倒れ始め、シンはバランスを崩して勢いよく転がり落ちた。背中と後頭部が絨毯に打ちつけられて、ごん、という情けない音が部屋に響いた。

「……いた」

天井を見上げながら、シンはぼんやりと考えた。脚がひとつ、古くなっていたらしい。自分が座ったせいで折れたのだろう。

「不幸体質、健在」

ため息をついて起き上がろうとした瞬間、部屋の扉が開いた。

「失礼いたします、お茶をお持ちし——」

入ってきた給仕の青年が、床に転がっているシンと、傾いたソファを見て固まった。

「あ、ええと、これは」

「ソファが……」

「……申し訳ございません、すぐに」

青年が慌てて近づいてきた。シンも立ち上がろうと手をついた。その手が、絨毯の上に置いてあったお盆の端を押してしまった。

お盆がひっくり返った。

お茶が盛大にこぼれた。

シンも青年も、揃ってびしょ濡れになった。

「…………」

「…………」

沈黙。

「……ごめんなさい」

「い、いえ、私こそ……」

二人がそんな状況で固まっていたところへ、廊下から低い声が響いた。

「何の音だ」

扉が開いて、ガルが入ってきた。

昨夜の夜とは違い、今日は王としての装いをしていた。濃紺の上着に銀の刺繍、整えられた銀灰色の髪。昨夜でも十分な威圧感だったが、昼間見るとさらに迫力があった。

その目が、床に広がったお茶と、濡れた給仕の青年と、床の上に半分座り込んでいるシンを順番に見た。

「……来て早々、何をした」

「ソファが壊れました」

「ソファが?」

「脚が折れて転んで、起き上がろうとしたらお茶をひっくり返しました」

ガルは少しの間、その状況を見渡した。それから——小さく、笑った。

「早速か」

「……すみません」

「謝らなくていい」

ガルは給仕の青年に「着替えてこい」と短く告げ、青年が一礼して退室するのを見届けてから、シンに近づいた。大きな手が差し伸べられる。

「立てるか」

「……立てます」

「素直に掴め」

言われるまま、シンはその手を掴んだ。引き上げられる力が思ったより強くて、よろめいてガルの胸に額をぶつけた。

「っ、す、すみません」

「いい」

ガルはシンを軽く離して、頭の天辺を見た。

「怪我はないか」

「……ないです。たぶん」

「たぶん、か」

「僕の場合、怪我しても気づかないことがあって」

「それは問題だな」

ガルはまっすぐシンを見下ろして、静かに言った。

「侍従長を呼ぶ。王宮での生活のことを説明させる。しばらくここにいてもらうことになるから」

「しばらく……どのくらい?」

「まだわからん。お前の力のことを調べてからだ」

「……あの、一応聞いておきたいんですが」

シンは恐る恐る、ガルを見上げた。

「僕、監禁されてるわけじゃないですよね?」

ガルが一瞬、真顔になった。

「……監禁?」

「いや、急に連れてこられたから……その、嫌だったら帰っていいんですよね、って」

「帰っていい」

「……え、本当に?」

「帰っていいが——帰りたいか?」

問われて、シンは口をつぐんだ。

帰りたいか。帰って、何がある。婚約破棄されたあの家に。腫れ物扱いされるあの日常に。

「……帰りたくない、わけじゃないですけど」

「では、しばらくいろ」

「それ、論理がおかしくないですか」

「おかしくない」

ガルは事もなげに言って、踵を返した。

「侍従長を呼ぶ。待っていろ」

「……はい」

シンは濡れた服の裾を見下ろしながら、小さくため息をついた。

——なんだろう、この人。

怖いのか怖くないのかよくわからない。威圧的なのに、なぜかそこまで嫌じゃない。

それが、少し——不思議だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ