第二十四話 北の庭で、答えを言った
三日、考えた。
といっても、答えは最初からわかっていた。
ただ、ちゃんと自分の言葉で、自分の気持ちとして受け取ってから言いたかった。それだけだった。
三日の間、シンはいろんなことを考えた。
フェルノワール家のことを考えた。ルカのことを考えた。不幸体質のことを考えた。自分が王宮に来てからの日々を考えた。
ベルトが毎朝来てくれること。ズィークがぶっきらぼうに助けてくれること。子どもたちが転んでも笑ってくれること。ミア婆が遠くから来てくれたこと。
そして——ガルが、ずっとまっすぐ見てくれていたこと。
不幸体質でも、迷惑をかけても、泣いてしまっても。それごと、全部。
シンは北の庭に行った。
ルーナフラワーが、今日も静かに咲いていた。
ガルはすでにそこにいた。
ベンチに腰を下ろして、花壇を見ていた。シンの足音に気づいて振り返った時、その目がわずかに柔らかくなったのを、シンは見逃さなかった。
「来たか」
「はい」
「座るか」
「立ったまま言います」
ガルが、じっとシンを見た。
シンは息を吸った。
「……答えを言いに来ました」
「聞こう」
「三日、考えました」
「ああ」
「いろんなことを考えて、怖くなって、でもやっぱり、結論は変わらなくて」
「シン」
「はい」
「結論を言え」
シンは少し笑った。
「はい」
一歩、前に出た。
「僕は——不幸体質で、これからも何かとやらかすと思います。ベルトさんをもっと困らせると思います。廊下で迷子になると思います。転ぶと思います。泣くと思います」
「知っている」
「全部わかった上で」
「ああ」
「……ガルさんの番に、なります」
風が吹いた。
ルーナフラワーが、一斉に揺れた。
ガルは立ち上がった。シンの前まで来て、まっすぐ見下ろした。
「後悔しないか」
「しないです」
「本当か」
「本当です。——ガルさんこそ、後悔しないですか」
「しない」
「不幸体質の番でも?」
「むしろ、退屈しない」
「それ、褒めていますか」
「褒めている」
シンは笑った。
目の奥が、じんとしていた。今度は堪えなかった。
ぽろりと、涙が落ちた。
ガルが、その涙を指先で受け止めた。
橋の上の夜と、同じように。
あの夜と違うのは——今のシンは、この手を怖いとも不思議とも思わなかったことだ。ただ、温かいと思った。
「また泣いているな」
「……嬉しいので、仕方ないです」
「嬉しい涙も、受け取る」
「受け取らなくていいです」
「受け取る」
「……もう、ガルさんは」
ガルの大きな手が、シンの頭を引き寄せた。
そのまま、抱き寄せた。
シンは一瞬びっくりして、でもすぐにガルの胸に額を押しつけた。
心臓の音が聞こえた。
速かった。ガルの心臓も、速かった。
「……ガルさん」
「なんだ」
「心臓、速いですよ」
「……黙れ」
「照れていますか」
「照れていない」
「速いです、どくどくって」
「聞こえているなら黙っていろ」
「嬉しいです、それ」
ガルが、小さく息をついた。
「……お前は本当に、言い切るな」
「ガルさんの影響です」
「何度もそれを言うな」
「本当のことなので」
ガルはシンの頭に顎を乗せた。
それで、二人とも黙った。
風が吹いて、ルーナフラワーが揺れた。
庭師が遠くで作業している音が聞こえた。鳥が鳴いた。
ここにいる、という感覚が、じんわりと体に染み込んでいった。
「シン」
「はい」
「幸せにする」
「……ガルさん」
「何度でも言う」
「……はい」
「信じるか」
シンは少し間を置いた。
「信じます」
「本当か」
「……はい。信じます」
迷いなく、言えた。
それが自分でも少し、驚くくらいだった。
ガルの腕が、少しだけ強くなった。
シンはそれを感じながら、目を閉じた。
涙はもう、止まっていた。




