第二十三話 答えを出す前に、泣いてもいい
シンはすぐには答えられなかった。
ガルはそれを責めなかった。ただ静かに、シンを見ていた。
「……すぐに答えなくていい」
「でも」
「考えろ。急がない」
「急がないって、そんな大事なことを」
「大事だから、急がない」
シンは膝の上の手を、ぎゅっと握った。
心臓が、うるさかった。
昨日から、うるさかった。
番、という言葉の重さを、シンはよく知っていた。狼族にとっての番は、一生涯の伴侶を意味する。人族や猫族のそれとは、少し違う。もっと深くて、もっと真剣な言葉だった。
「……ガルさんは」
「なんだ」
「本当に、僕でいいんですか」
「また同じことを聞く」
「大事なことなので」
「俺も大事だから何度でも答える」とガルは言った。「お前でいい。お前がいい。それ以外の答えは持っていない」
「僕は、これからも不幸体質のままだと思います」
「知っている」
「王宮でもいろいろやらかすと思います」
「知っている」
「ベルトさんの白髪が増え続けると思います」
「それはベルトに申し訳ないが、仕方ない」
「僕は、ガルさんに相応しくないと思います」
「俺が相応しいと言えば相応しい」
「そんな」
「シン」
ガルがシンの名前を呼ぶ声が、いつもより少しだけ低かった。
「俺はずっと、体の痛みと戦ってきた。誰にも弱いところを見せずに、一人で抱えてきた。それが当たり前だと思っていた」
「……はい」
「お前が来てから、変わった」
シンは、黙って聞いた。
「痛みが和らいだのは涙の力だが——それだけじゃない。お前が隣にいると、静かな気持ちになる。お前が笑うと、笑いたくなる。お前が心配すると、心臓がうるさくなる」
「……それは」
「俺も、好きだということだ」
シンの目が、じわりと滲んだ。
「泣くな」
「泣いていないです」
「出ている」
「……これは、嬉しい時も出るんです」
「そうか」
「どうしようもないので、許してください」
「許している」
ガルが立ち上がって、シンの隣に腰を下ろした。肩がわずかに触れる距離だった。
「答えは、いつでもいい」
「……はい」
「ただ、ひとつだけ言っておく」
「なんですか」
「俺はお前以外を選ぶつもりがない。だから、答えはいつまでも待てる」
シンは、その言葉を胸の中でゆっくりと受け取った。
待てる、と言った。
急かさなかった。押しつけなかった。ただ、待つと言った。
こんなにまっすぐな人が——世界にいるんだ、とシンは思った。
「……少し、時間をください」
「ああ」
「少しだけ、自分で考えたいので」
「わかった」
「でも——ガルさん」
「なんだ」
「答えを出す前に、また泣いてしまうかもしれないです」
「構わない」
「ガルさんの前で泣くのは、やっぱり恥ずかしいので」
「見ない」
「見ないって、でも」
「見ないが、隣にはいる」
シンは少し笑った。
「……それ、矛盾していますよ」
「矛盾していない。目を逸らしながら、隣にいる」
「それが一番見ている状態では」
「やかましい」
シンは笑いながら、目の端を拭った。
ガルが、シンを横目でちらりと見た。
「笑っているのに泣いているのか」
「嬉しいので」
「そうか」
「……ガルさんが、そんなふうに言ってくれるとは思わなかったので」
「どんなふうに思っていた」
「もっと、こう——王様らしく、国のため、みたいな理由で言うのかと」
「そんな理由で番を申し込むと思っていたのか」
「……少し」
「失礼な」
「すみません」
「謝らなくていい」とガルは言った。「ただ、俺がお前に言う言葉は、全部本気だ。国のためでも、力のためでもない。お前が好きだから、傍にいてほしい。それだけだ」
シンは俯いた。
また涙が出そうだった。
でも今度は、堪えた。
ちゃんと、自分の答えを出してから。その時に、泣きたかった。
「……少しだけ待ってください」
「何度でも言う。いつまでも待てる」
「いつまでもは困ります、僕が」
「なぜ」
「……早く、答えたくなるので」
ガルが、静かに笑った。
シンも、笑った。




