第十四話 ガルを狙う影と、守ろうとした話
北の庭から戻った翌日、王宮内がざわついた。
王宮の外壁近くで、不審な人物が見つかったという報告が入ったのだ。ズィーク率いる騎士たちが素早く動いて、その日のうちに身柄を確保したが、その人物が何者で、誰に雇われたのかはすぐには判明しなかった。
「政敵の可能性が高い」
夕方、ガルの執務室でズィークが地図を広げながら報告していた。シンは関係ないはずの話だったが、ガルに「いろ」と言われたのでソファの端に座って聞いていた。
「隣国のダーウィン侯爵派と思われます。以前から陛下の契約の弱点を探っているという情報があって、今回はそれに関連した動きかと」
「シンのことは知っているか」
「現時点では不明です。ただ、王宮に不思議な力を持つ人間がいるという噂は、すでに外に漏れている可能性があります」
ガルは静かに話を聞きながら、時折ズィークに確認を取っていた。二人のやりとりは無駄がなく、長年一緒に戦ってきたことが会話の端々に滲んでいた。
シンはそれを横目に聞きながら、胸の中で何かがざわりとするのを感じていた。
——ガルさんを、狙っている人がいる。
あたりまえのことだ、王である以上。頭ではわかっていた。でも、実際にそれが目の前に迫っていると知ると、思っていたより動揺した。
「シン」
急に名前を呼ばれて、シンは顔を上げた。
ズィークがこちらを見ていた。
「怖い顔をしている」
「……すみません」
「怖いのか?」
「怖いというより……心配で」
「誰の?」
「……ガルさんの」
ズィークが、少し目を細めた。
ガルはシンを見て、静かに言った。
「俺のことを心配するな」
「でも」
「お前が心配することではない」
「そんなこと言っても」
「シン」
「心配はします、しますけど——」シンは少し語気を強めて言った。「でも——何かできることがあれば、したいです」
静かな言葉だったが、はっきりしていた。
ガルとズィークが、同時にシンを見た。
「何かできること、とは」とガルが言った。
「わかりません。でも、ガルさんの涙の話が、そのダーウィン侯爵とやらに関係があるなら——僕がいることが、少しでも役に立てるなら」
「お前を危険な場所には置かない」
「僕が決めます、それは」
ガルの目が、微かに動いた。
シンは自分が少し大きな声を出したことに気づいて、少し縮こまった。でも、言ったことを取り消す気にはなれなかった。
「……すみません、生意気なことを言いました」
「生意気とは思わない」
ガルは静かに言った。
「ただ——お前に怪我をさせたくない」
「僕は不幸体質なので、何もしなくても怪我します」
「それは別の話だ」
「似たようなもんです」
ズィークが、小さく噴き出した。
ガルとシンが同時にズィークを見ると、ズィークはわざとらしく咳払いをした。
「……失礼。続けてくれ」
「笑っただろう」とガルが言った。
「笑っていない」
「口が動いた」
「気のせいだ」
シンはその様子を見て、少し気持ちが軽くなった。さっきまでのざわざわとした感覚が、少し遠のいた。
ガルはシンに向き直って、真剣な顔で言った。
「お前の気持ちは受け取った。ただ、今は俺とズィークに任せてくれ。お前には——別の形で頼みたいことがある」
「別の形?」
「今夜、俺の隣にいてくれ」
「……え」
「痛みが出そうだ。今日は少し、体が重い」
シンは一瞬、言葉に詰まった。
「……そういうことなら、いますけど」
「頼む」
「でも、泣かないといけませんか」
「泣かなくていい」
「涙じゃないと効果ないんじゃ」
「効果はそれでいい。ただ——傍にいてくれれば、それで十分だ」
シンは、ガルの顔を見た。
普段と変わらない、落ち着いた顔だった。でもよく見ると、目の端に微かな疲れの色があった。こんな顔も、するんだ、とシンは思った。
「……わかりました。います」
「ありがとう」
ガルが「ありがとう」と言うのを、シンは初めて聞いた気がした。




