第九話 王宮の子どもたちと、黒猫の笑い方
王宮には、子どもたちがいた。
使用人の家族や騎士の子どもたちが、王宮の敷地内の一角に暮らしているらしかった。シンが中庭を散歩していると、低木の茂みの向こうからころころとした笑い声が聞こえてきた。
「だーれだ!」
「ちがうちがう、もっと右!」
「そっちじゃないよー!」
覗いてみると、五人ほどの子どもたちが鬼ごっこをしていた。年は四歳から八歳くらいだろうか。狼族の子もいれば猫族らしい子もいる。みんな元気よく走り回っていた。
シンはそっと眺めていたつもりだったが、一人の女の子がシンに気づいた。
「あ! くろいひとだ!」
ぱたぱたと駆けてくる。小さな狼族の女の子で、まだ尻尾の制御がうまくできないのか、くるくるとあちこちに揺れていた。
「くろいひと、だれ?」
「……シンっていいます」
「シン! ここで何してるの?」
「散歩してました」
「さんぽ! いっしょにあそぶ?」
「……いや、でも、僕」
「あそぼあそぼ!」
女の子が勢いよくシンの手を掴んだ。他の子どもたちもわらわらと集まってきて、気づけばシンは真ん中に囲まれていた。
「くろいねこさんだ」
「ほんとうに黒いね」
「しっぽもくろい!」
子どもたちは屈託なくシンの耳や尻尾を珍しそうに見ていた。不吉だとか、不運だとか、そういう色は一切なかった。ただ純粋に、「珍しくて面白い」という目だった。
シンは少し、胸がほぐれる感覚がした。
「……一緒に遊んでいいですか」
「いいよいいよ! かくれんぼしてたの!」
「かくれんぼ、久しぶりだな」
「シンはかくれんぼ得意?」
「……どうだろう。でも、すぐ見つかる気はします」
「なんで?」
「なんか、いつもそういう感じなので」
子どもたちはきゃははと笑って、さっそく鬼を決め始めた。じゃんけんの結果、シンが鬼になった。
「十数えて!」
「はい。一、二、三……」
子どもたちがわあっと散っていく気配がした。シンは目を閉じて十まで数え、振り向いた。
中庭はしんと静まり返っていた。
さて、と思って歩き出した瞬間、足がつるりと滑った。石畳の苔のせいだった。
「っわ」
尻もちをついた。そのはずみで近くの植木鉢が揺れて、倒れた。土がざあっとこぼれた。
茂みの陰からくすくすと笑い声が聞こえた。
「シン、みーつけた!」
「……え、見つけてないですよね、転んだだけで」
「でも場所わかった!」
「それは見つけたとは言わないのでは」
「いーじゃーん!」
子どもたちが一斉に飛び出してきて、シンの周りに集まった。引き続き転んだまま土まみれのシンを見て、みんなで笑った。
シンも、笑った。
ひどい転び方だったし、植木鉢も割れてしまったし、膝も少し痛かった。でも、なんだか笑えた。こんなふうに笑ったのは、久しぶりな気がした。
「ねえシン、また来る?」
「……来ていいなら、来ます」
「いいよいいよ! 明日も来て!」
「転んでも笑ってくれますか」
「笑うー!」
「……そっか」
シンは子どもたちの笑い声に包まれながら、ゆっくりと立ち上がった。
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その様子を、執務室の窓から見ていた人物がいた。
ガルだった。
書類から目を上げた偶然の瞬間に、中庭で子どもたちと笑っているシンが見えた。
膝に土をつけて、尻尾を揺らして、子どもたちに囲まれて笑っているシンが。
昨夜も一昨夜も、夜中に泣いていた。婚約破棄の話は、シン本人はさらりと語ったが、傷ついていないはずがなかった。家族にも大切にされていないことは、荷物の少なさひとつを見てもわかった。
それなのに今、あんなふうに笑っている。
ガルは書類から完全に目を離して、しばらくその光景を見ていた。
——やはり、あの顔が好きだ。
執務室の扉がノックされた。
「陛下、お時間です」
「……ああ」
ガルは書類に目を戻した。それでも窓の外の笑い声が、しばらく耳に残った。




