第9話 モモ・ダストの焼却処分
「お嬢様。モモ・ダスト嬢が動きました」
シリルが報告を持ってきたのは、晴れた午後のことだった。
「ガルベス子爵の失脚後、彼女は残った貴族たちへの接触を強めています。複数の侯爵家に対して、侯爵家との婚約話を持ちかけている模様です」
「王子を捨てる準備、ということかしら」
「そのように思われます。ただ、彼女が動いているのはそれだけではありません」
シリルが一枚の書類を差し出した。
「ダスト侯爵家の名義で、王都の東側に複数の土地が取得されています。ガルベス子爵が押さえていた商業区域と、ほぼ重なります」
私は書類を眺めながら、静かに息を吐いた。
なるほど。モモ・ダストが求めていたのは、王子ではなかった。王子という器を使って、ガルベス子爵が持っていた利権を丸ごと引き継ぐつもりだったのだ。
「塵は、気づいた時には積もりすぎている、でしたわね」
「お嬢様のお言葉ですが」
「今がその時ですわ」
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翌日の昼下がり、私はモモ・ダストに茶会の招待状を送った。
場所はヴィクトリア家のサロン。差出人はクレア・ヴィクトリア。彼女が来るかどうか、半々だと思っていたが——意外にも、返事はすぐに届いた。
「伺います」の一言だけ。
当日、モモは一人で現れた。護衛も侍女も連れずに。それ自体が、彼女の自信の表れだろう。勝ったと思っているのかもしれない。婚約を破棄させた相手の屋敷に、一人で乗り込んでくるくらいに。
「クレア様、お久しぶりですね」
甘い声。愛らしい笑顔。大広間で見せた冷たい目は、どこにもない。
「ようこそ、モモ様。お掛けになって」
シリルが紅茶を運んできた。モモはカップを持ちながら、探るような目で私を見た。
「どのようなご用件でしょうか」
「少しお話がしたかっただけですわ。あなたのことが、気になっていましたので」
「まあ」
モモが小首を傾けた。
「わたくし、クレア様に何かご迷惑をおかけしましたかしら」
「いいえ。ただ——」
私はティーカップをゆっくりと置いた。
「あなたが集めている土地と利権の話、少し整理が必要かと思いまして」
モモの表情が、一瞬だけ固まった。ほんの一瞬だったが、見逃さなかった。
「土地、ですか? ダスト侯爵家は普通に土地の取得を——」
「ガルベス子爵の幽霊会社を経由して、資金が動いています」
静寂が落ちた。
モモは数秒黙ってから、ゆっくりと微笑んだ。今度は、先ほどの愛らしい笑顔ではない。打算の色が滲んだ、別の顔だった。
「証拠が、あるのですか」
「ございますわ。財務局にも既に提出済みです」
「……何が目的ですか」
「シンプルですわ。ダスト侯爵家が不正に取得した土地と利権を、全て返還していただく。それだけです」
「返さなかったら?」
私は指先をパチンと鳴らした。青白い炎が、ほんの一瞬だけ灯って消えた。
モモの顔から、血の気が引いた。
「……わかりました」
声が震えていた。あの大広間では気丈に振る舞っていた彼女が、今は別人のように小さく見える。
「賢明な判断ですわ」
私は紅茶を一口飲んだ。温かくて、すっきりとした味だった。
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モモが帰った後、シリルが静かに片付けをしながら言った。
「焼却処分ではなかったのですね」
「あれは燃やす必要がありませんでしたわ。利権を手放せば、ただの令嬢に戻るだけです」
「優しいですね、お嬢様」
「エコですわ、シリル」
私は窓の外を眺めた。王都の空が、久しぶりに澄んで見えた。
ガルベス子爵は失脚し、モモ・ダストは牙を抜かれた。王子は空のゴミ箱のまま、しばらくはおとなしくしているだろう。
国内の大掃除は、ひとまず終わりだ。




