第38話 現世へ
坑道の光が大きくなるにつれ、音が戻ってきた。
自分の足音。息の音。遠くで風が吹いている音。当たり前のものが、全部新鮮に感じた。冥界にいた時間がどのくらいだったか、感覚ではわからない。
光の中を抜けると、冷たい外気が顔に当たった。
昼間に入ったはずが、外は夕暮れだった。数時間経っていたことになる。冥界での時間の感覚と、現世の時間は確かにずれていた。
「お嬢様」
シリルの声がした。坑道の入口のそばで、二人が立っていた。シリルの顔に、珍しく隠しきれない安堵の色がある。リタが静かに近づいてきて、私の顔を確認するように見た。
「ただいまですわ」
「無事で何よりです」シリルが深く息を吐いた。「どのくらい経ちましたか、中では」
「感覚ではわからなかったわ。数時間?」
「現世では四時間ほどです」
「では、冥界の時間は少し早いか、あるいは遅いかのどちらかですわね。今回は大差なかったけれど」
リタが水の入った革袋を差し出した。一口飲むと、冷たい水が体に染み渡った。冥界の無音と無感覚の後では、現世の全てが濃く感じる。
「門が開きましたわ。鍵は解除した」
「見えましたよ」シリルが言った。「坑道の奥が一瞬、白く光りました。何かが変わったのはわかりました」
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モルトの宿に戻ると、ネーベル・アルバが待っていた。
私たちの顔を見て、立ち上がった。
「無事でしたか」
「ええ。門を開けましたわ。封印の石を解除しました」
男が目を細めた。
「解除できたのですか。壊したのではなく」
「壊しても意味がないですから」
「……そうですね」
男が少し間を置いてから、続けた。
「封印が解けたということは、長年澱んでいたものが流れ始める。こちら側にも、変化が出るかもしれません。セドゥン商会の動きが変わる可能性もある」
「組織の力の源が断たれましたわ。焦るのは向こうですわね」
「ただ、焦った組織は危険です。予測できない動きをする」
「わかっていますわ。だからこそ、早く動く必要があります」
私は男を見た。
「エルナに会いたいでしょう。王都に来てください。国王に話をつけます」
ネーベル・アルバが、長い間黙っていた。
それから、ゆっくりと頷いた。
「……お願いします」
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翌朝、四人で王都への道を出発した。
馬車の中は静かだった。ネーベル・アルバは窓の外を眺めていた。七年ぶりに王都に向かっている。何を考えているのかは聞かなかった。
シリルが私に小声で言った。
「冥界で、何か変わりましたか」
「変わった、というわけではないけれど」
「お母様のことで、何かありましたか」
「少し。戻ったら、国王に話してもらうつもりですわ」
「そうですか」
シリルがそれ以上聞かなかった。窓の外を見ると、モルトの街が後ろに遠ざかっていく。廃坑は見えない。でも、あの奥で門が開いていることはわかる。
手の中のボタンを、ポケットの中で確かめた。小さくて、丸くて、白い。
四日後に王都に着く。国王に全部話してもらう。そして次は、石を置いた者を探す。封印を壊された怒りで動き出した黒幕が、どこかで姿を現す。
それが、第五章の話だ。
宿を出る前に、シリルが用意してくれていた朝食の残りを少しだけ食べた。固いパンと、冷めたスープ。旅の途中の、簡素な食事だ。
それでも、冥界から帰った後に食べる現世の味は、格別だった。




