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悪役令嬢は、おそうじが得意。 〜婚約破棄されましたが、塵一つ残さず 『焼却処分』いたしますわ〜  作者: くまたろう


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第37話 封の石

黒い石は、私の腰ほどの高さがあった。


表面の文字は深く刻まれていて、触れると指先に冷たさが走った。普通の冷たさではない。何か意志を持ったものが、触れるなと言っているような感覚だ。


百年前に誰かが置いた。そして誰かが来て、壊せなかった。


私は石から少し離れ、日傘を構えた。


炎を使えば簡単に溶かせる。ただ、それでいいのかどうか、少し考えた。ネーベル・アルバが言っていた。全部を燃やせばいいという話ではないかもしれない、と。


石そのものは悪くない。ただの封印だ。問題は、それが百年間閉じたままになっていることだ。


「分別ですわね」


声に出すと、また少しだけ音が戻る感じがした。冥界では、生きている人間の声が空間に染み込むのかもしれない。


炎で溶かすのではなく、封印を解く。鍵を壊すのではなく、鍵を開ける。


石に刻まれた文字をもう一度確認した。「封」の文字の周囲に、小さな記号が並んでいる。ネーベル・アルバの一覧表を取り出して照らし合わせた。


起動、保持、固定、解除——。


解除の記号が、石の一番下に小さく刻まれていた。意図的に見つけにくい場所に。


-----


記号に指を当てると、石がわずかに震えた。


炎を指先に灯した。小さな炎だ。燃やすためではなく、光として使う。暗号を解くための、最小限の火だ。


記号に沿って、指でゆっくりと線を引いた。


石が光り始めた。白い光が、刻まれた文字を伝って広がっていく。音がなかったはずの冥界に、低い振動が響き始めた。


光が石全体を包んだ瞬間、音がした。


石が、真ん中から静かに割れた。


爆発でも、崩壊でもない。ただ、割れた。二つに分かれた石の間から、白い光が溢れ出て、川の方向に流れていった。


川の方を見ると、遠くに変化があった。


門が、開いていた。


光が門の向こうから差し込んでいる。死者たちがゆっくりと、川に向かって動き始めるのが見えた。漂っていたものたちが、向かうべき場所に向かっている。百年分の澱が、少しずつ流れ始めた。


-----


門番の老人が、岩場まで来ていた。


いつの間に移動したのかわからない。気づいたら隣に立っていた。


「やったな」


「分別しただけですわ」


「炎で溶かすと思っていたが」


「燃やしてはいけないものを燃やすのは、おそうじではありませんから」


老人が、目のない顔で笑った。笑いかどうかわからないが、そう感じた。


「百年ぶりだ。この世界が、少し軽くなった」


「鍵をかけた者は、誰か知っていますか」


「名前は知らない。ただ、石を置いた時に言っていた。『力を集めれば、世界を変えられる』と」


「力を集めるための詰まり、ということですわね」


「そうだ。石が割れた今、その者の計画は崩れた。ただし——」


老人が少し間を置いた。


「石を割ったことは、その者に伝わる。怒るかもしれない」


「構いませんわ。汚れを落とせば、汚した者は気づきますから。それが始まりになる」


老人がまた笑った。


「強いな。お前の母親に似ている」


私は少し驚いて、老人を見た。


「母を知っているのですか」


「ここに来た。石を割ろうとしたが、力が足りなかった。でも、解除の記号を見つけた。傍に白い布を置いていった。次に来る者への伝言として」


「あのボタンは」


「記号の場所を示すためだったのだろう。布に包んで、記号の真横に置いていった。お前がそれを見て、記号に気づいた」


私は手の中のボタンを見た。小さな白いボタン。母が置いていったもの。


「ありがとうございます」


老人は何も言わなかった。ただ、川の方を向いた。死者たちが流れていく方向を、静かに見ていた。


帰り道、来た道を戻りながら、日傘を持つ手が少し温かかった。


気のせいかもしれない。でも、今は気のせいにしたくなかった。


坑道の光が見えてきた。現世の光だ。シリルとリタが待っている。


戻ったら、温かいものを食べよう。それから、国王に全部話してもらう。

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