第33話 モルトという街
出発したのは、準備を終えた六日後だった。
王都からモルトまでは、陸路で四日かかる。聖教国への道とは別方向で、内陸に向かって進む。景色は少しずつ変わり、森が深くなり、空気が重くなっていく。
「モルトはどんな街ですか」
馬車の中でシリルに聞くと、手帳を開いてから答えた。
「内陸の商業都市です。東西南北の街道が交わる場所にあるため、昔から物流の中継地として栄えてきました。人口は王都の半分ほど。ただ、通過する商人が多いため、実態より賑やかに見えます」
「セドゥン商会の本拠地でしたわね」
「はい。フォル・ネビュラが末端の倉庫なら、モルトが本体です。ただ、フォル・ネビュラの倉庫を封鎖したことは、もう伝わっているでしょうから、警戒は高いと思います」
「動きを変えているかもしれませんわね」
「可能性は高いです。ただ、組織の中心がここにある以上、完全に引き払うことはできない」
リタが窓の外を確認した。後ろに尾行はない。今のところは。
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モルトに入ったのは、四日目の夕方だった。
フォル・ネビュラの霧とも、聖教国の白とも違う、雑然とした活気のある街だった。荷馬車が行き交い、様々な言語が混ざって聞こえてくる。物売りの声、鍛冶の音、どこかから漂ってくる食べ物の匂い。
「賑やかですわね」
「隠れるには都合のいい場所です。人が多すぎて、誰が誰かわからない」
宿は街の中心から少し外れた、目立たない場所を選んだ。フォル・ネビュラの時と同じ要領だ。
荷を解いてから、私はシリルに聞いた。
「セドゥン商会の事務所はどこですか」
「街の東側に、表向きの商会事務所があります。ただ、本当の拠点は別の場所だと思われます。今夜のうちに下調べをしておきます」
「ネーベル・アルバの痕跡は?」
「それも含めて、当たってみます」
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翌朝、シリルが持ち帰った情報は、予想より具体的だった。
「セドゥン商会の事務所は今も動いています。フォル・ネビュラの件は知っているはずですが、表向きは通常営業を続けている。ただ、出入りする人間が減った」
「縮小しているのですわね」
「そして、こちらが気になる話です」
シリルが一枚のメモを出した。
「街の外れに、ここ半年で新しく建てられた建物があります。商会の名義ではなく、個人の名義で登記されている。出入りする人間は少なく、夜だけ灯りがつく」
「誰の名義ですか」
「アルバという名前です」
私はしばらく黙った。
「ネーベル・アルバが、この街にいる可能性がある」
「あるいは、彼の名前を使っている誰かが。どちらかはわかりません」
「確認しますわ」
その日の午後、私は一人で街の外れに向かった。シリルが言っていた建物は、古い石造りの民家が並ぶ路地の奥にあった。新しく建てられたというより、古い建物を改装した感じだ。
窓に灯りはない。人の気配がするかどうか、しばらく外から確かめた。
かすかに、煙の匂いがした。暖炉か、ランプか。誰かがいる。
私はノックした。
しばらく間があった。それから、扉が少しだけ開いた。
中から覗いたのは、四十代と思しき男だった。痩せていて、目の下に深い隈がある。長い旅をしてきた人間の顔だ。
男が私を見た。それから、小声で言った。
「……王都から来ましたか」
「ええ」
「クレア・ヴィクトリア、ですか」
私は少し驚いた。
「そうですが、あなたは」
男が扉を少し広げた。
「ネーベル・アルバです。あなたが来ることを、待っていました」
宿に戻ってから、シリルが用意していた温かいスープを飲んだ。今日は何も考えられなかった。ただ、温かいものが体に必要だった。
スープを一口一口飲みながら、私は明日ネーベル・アルバと話すことを考えた。七年間消えていた男が、なぜ私を待っていたのか。答えは、明日聞けばわかる。




