第29話 おとりの一日
翌日、私たちは派手に動いた。
まず午前中、私は慈善局に乗り込んだ。窓口の男に申請書を提出しながら、審査の進捗を確認し、施設の修繕について改善を求め、食料配給の増加を申し入れた。声は穏やかに、内容は粘り強く。窓口の男が困り果てた顔をするまで、一時間かけた。
「審査中ですので、現時点ではお答えできません」
「では審査が終わり次第、速やかにご連絡いただけますか。私どもは王都からわざわざ参っておりますので、長くはお待ちできませんわ」
「……わかりました」
外に出ると、建物の陰に聖務局の係官が二人いた。昨日はいなかった顔だ。
予定通りですわ。
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午後は、街の中心で堂々と食料を買い込んだ。市場で値段を交渉しながら、大量のパンと乾物と果物を台車に積んだ。シリルが手配した荷運びの男二人と一緒に、施設まで運ぶ。
「これだけの量を?」
「施設の方々に、少しまとめてお届けしたくて」
荷運びの男たちが驚いた顔をしながら台車を押した。聖務局の係官は、まだ後ろにいた。
施設に届けると、テレーズが目を丸くした。
「こんなに……」
「少しの間、食べるものに困らなければいいと思って」
テレーズが受け取りながら、小声で言った。
「後ろの人たちは?」
「気にしなくて結構ですわ」
施設を出た後、私はわざと大聖堂の前を通り、観光客のふりをして写本の複製を売る店に立ち寄り、街の外れの水路まで歩いた。ぐるりと遠回りして、宿に戻ったのは夕方だった。
シリルが先に戻っていた。
「後ろの二人、ずっとついてきていましたよ」
「わかっていましたわ。今日一日、明後日の施設には近づかなかった。聖務局には、私たちが大聖堂にも施設の奥にも興味がないと思わせておく」
「なるほど。明日も同じように?」
「いいえ、明日は静かにしていましょう。大きく動いた翌日に静かにしていると、相手は拍子抜けして油断する。そして明後日、本番ですわ」
リタが窓の外を確認した。係官の姿はもう見えない。今夜は引き上げたのだろう。
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夜、シリルが証拠の書類を一式にまとめた。
フィノの台帳、地下室のファイル、フォル・ネビュラから持ち帰った書類の一部。全て布の封筒に入れて、外側に封をした。
「セルダ大司教が信頼できる人物なら、これを見れば動いてくれるはずです」
「マルセル神父がそう言っていた。あの神父が三十年見てきた目を、私は信じますわ」
「では、あとは当日を待つだけですね」
「ええ」
私は椅子に深く座り、天井を見上げた。フォル・ネビュラでもそうだったが、仕事の前夜は妙に静かな気分になる。やるべきことは全て準備した。あとは、流れに乗るだけだ。
管理人の女性が、夜食にと温かいスープを持ってきてくれた。
「明日で、お帰りになりますか」
「明後日には」
「そうですか」
女性が少し寂しそうな顔をした。
「あなたたちが来てから、宿の空気が変わった気がします。なんと言うか……換気されたみたいな」
私は少し笑った。
「それは、よかったですわ」
スープを飲んだ。今夜は豆が入っていて、ほくほくと温かい。明後日、セルダ大司教に証拠を渡す。その後この国を出る。
やることは、決まっている。




