第28話 証拠の渡し先
翌朝、私は考えていた。
証拠はある。フィノの台帳、地下室のファイル、フォル・ネビュラから持ち帰った書類。全部合わせれば、ヴァルタス猊下とセドゥン商会の繋がりを示す材料として十分だ。
問題は、これをどこに持っていくかだ。
聖教国の内部で訴えても、聖務局が握り潰す。外部に持ち出して王都の財務局に渡しても、他国の宗教組織への干渉は政治的に難しい。では、誰なら動ける。
「シリル、この国に外交官はいますか」
「王都からの常駐外交官が、街の外れに事務所を持っています。ただ、聖教国との関係は繊細で、あまり積極的には動かないと思われます」
「では、教会の内部から動かす必要がありますわね」
「内部から、というのは」
「マルセル神父は、三十年この施設にいる。それだけ長くいれば、上に繋がりのある人間も知っているはずですわ」
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午後、マルセル神父を訪ねた。
「少し、突っ込んだことを聞かせてください」
「どうぞ」
「ヴァルタス猊下に対して、内部から動ける立場の人間はいますか。証拠を渡せる相手として」
神父がしばらく考えた。窓の外の中庭を眺めながら、静かに口を開いた。
「一人います。北の聖区を管轄するセルダ大司教という方です。ヴァルタス猊下とは就任前から対立していて、今も距離を置いている。聖教国の中では、数少ない良心的な人物です」
「なぜ今まで動かなかったのですか」
「証拠がなかったからです。感じてはいても、証明できなかった。あの方は正しい手順で動くことにこだわっている。証拠なしには動けない」
「証拠なら、あります」
神父が私を見た。
「本当に?」
「台帳と、地下室の記録と、フォル・ネビュラから持ち帰ったものと。全部合わせれば十分かと」
神父が深く息を吸った。
「セルダ大司教は明後日、視察でこの街に来ます。毎年この時期に来る、定期的なものです。ただ、直接会うのは難しい。あの方の周囲には常に聖務局の人間がいます」
「会う方法を、考えますわ」
神父が静かに言った。
「一つあります。視察の最終日、大司教は必ずこの施設に立ち寄ります。三十年前からの習慣で、施設の人間と話す時間を取ってくれる。聖務局の人間は外で待つ決まりになっています」
「その時間に、私が話せれば」
「ただの慈善活動で来た外国の方として施設にいれば、不自然ではない」
私は頷いた。
「ありがとうございます、神父様」
「礼には及びません。ただ、一つだけお願いがあります」
「なんですか」
「この施設の人間には、なるべく危険が及ばないようにしてください。テレーズも、他の者も、ここで静かに生きているだけです」
「もちろんですわ。巻き込みません」
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宿に戻ると、シリルが夕食の準備をしていた。
「セルダ大司教に会えそうですか」
「明後日、施設で」
「うまくいきましたね。証拠の渡し先が決まれば、あとは当日を待つだけです」
「ええ。ただ、一つ気になることがありますわ」
「というのは?」
「聖務局が私たちを監視しているとすれば、施設への出入りも把握されているはずです。大司教との接触が、邪魔される可能性がある」
シリルが少し考えてから言った。
「では、明日一日、わかりやすく目立ちましょうか」
「目立つ?」
「慈善活動として大っぴらに動いて、聖務局の目を引きつける。本命は明後日の施設ですが、明日は別の場所で大きく動いているように見せる」
「おとり、ですわね」
「エコではありませんが、効果はあるかと」
私は少し笑った。
「珍しいわね。あなたが非エコを提案するなんて」
「状況次第では、致し方ありません」
管理人の女性が夕食を運んできた。今日は魚のソテーだ。付け合わせに、白いソースがかかっている。
一口食べると、あっさりとした中に旨みがあった。明後日まで、静かに準備を進める。カビを根ごと取り除くための、最後の段取りだ。




