第25話 大聖職者の影
翌朝、私はシリルに一つ確認した。
「大聖職者の名前は?」
「ヴァルタス猊下です。就任して十五年。聖教国では神に次ぐ存在として扱われています」
「十五年前から、じわじわとカビを育ててきた、ということですわね」
「マルセル神父の言葉と一致します。ただ、直接の証拠を掴むのは容易ではありません。聖務局も慈善局も、全てヴァルタス猊下の管轄下にありますから」
「証拠を作る人間が、証拠を隠す立場にもいる」
「おっしゃる通りです。ただ、一つ糸口があります」
シリルが書類を出した。
「セドゥン商会への送金記録を追うと、月に一度、決まった日に大きな金額が動いています。その日付が、ヴァルタス猊下が外部との会合を持つ日と、一致しています」
「誰と会っているの?」
「それが、外部からは確認できません。ただ、会合の場所は大聖堂の地下にある部屋だと言われています。聖務局の人間しか入れない場所です」
「地下室ですか。カビが生えるには、最適な場所ですわね」
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その日の午後、私は大聖堂を訪れた。
観光と礼拝のために外部の人間も入れる時間帯を選んだ。信者たちに混じって、白い石造りの内部を歩く。天井が高く、光が差し込んで美しい。外から見るのと同じく、内部も隅々まで白く磨かれている。
だが、歩きながら私は一つのことに気づいた。
大聖堂の中に、換気口がない。
これだけ広い建物なのに、空気が動いていない。密閉された空間のように、空気が重く淀んでいる。
礼拝の列に加わりながら、私はさりげなく建物の構造を確認した。地下への扉らしきものが、奥の廊下の端に見えた。白い壁に溶け込んでいるが、継ぎ目が少しだけ違う色をしている。
「クレア様」
後ろから声がした。
振り返ると、三十代の男が立っていた。白い聖職者の服を着ているが、表情が他の聖職者と少し違う。緊張している。
「少し、よろしいですか」
男が周囲を確認してから、小声で続けた。
「私はフィノといいます。慈善局で、以前から働いています。あなたが昨日、施設に食料を届けたと聞きました」
「ええ」
「テレーズ様から、あなたのことを聞きました。信頼できる方だと」
私は男を観察した。怯えているが、何か決意を持っている目だ。
「話があるのですか」
「はい。ただ、ここでは話せません。今夜、街の外れにある水路の橋のそばで、お待ちしています」
男が去った。リタが離れた場所から私を見ていた。男の動向は追ってくれるだろう。
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夜、私とシリルは水路の橋へ向かった。リタは周囲の安全を確認しながら動いている。
フィノは先に来て待っていた。
「ありがとうございます。来てくださるとは思っていませんでした」
「話を聞かなければ判断できませんから」
男が息を吐いた。
「私は五年前から、慈善局の会計を担当しています。半年前からおかしくなった予算の動きに、ずっと気づいていました。でも、訴える場所がなかった」
「証拠はありますか」
「あります。毎月の送金記録と、私が独自につけていた台帳があります。ただ、持ち出すのが怖くて、まだ手元にあります」
「どこに?」
「慈善局の私の机の引き出しです。鍵はかかっていますが、局内の人間には意味がない」
「いつ持ち出せますか」
「明日の朝、早い時間なら人が少ない。ただ、持ち出した後が問題で……聖務局に知られたら、どうなるか」
「それは私が考えますわ。台帳を持ち出してもらえれば、あとはこちらで動きます」
フィノが深く頷いた。目の緊張が、少しだけ和らいだ。
「わかりました。明日の早朝、ここで渡します」
橋を離れながら、シリルが小声で言った。
「内側の協力者が現れましたね」
「ええ。でも、彼を守りながら動く必要がありますわ。フォル・ネビュラと違って、ここは失敗すると彼に被害が及ぶ」
「慎重に、ということですね」
「カビ取りは、根を傷つけずに表面だけ削ると、必ず再発しますわ。一度で根ごと取り除かないといけない」
宿への帰り道、街の灯りが白い石畳に反射していた。大聖堂の尖塔が、夜空に黒く伸びている。
宿に戻ると、管理人の女性が果物と温かいミルクを用意してくれていた。
「遅くまで、お疲れ様です」
「ありがとう」
ミルクを一口飲んだ。温かくて、素朴な甘さがある。明日から、本格的に動き始める。根ごと取り除くために。




