第24話 予算という名の染み
シリルが動いたのは、その夜のうちだった。
翌朝、私が起きると、テーブルの上に書類が三枚並んでいた。手書きのメモと、どこから入手したのか、慈善局の会計記録の写しが二枚。
「早いですわね」
「夜は長いので」
「どこから取ってきたの」
「聖務局の下っ端が、お酒に弱い方でして」
それ以上は聞かなかった。
書類を眺めながら、シリルが説明した。
「慈善局の年間予算は、半年前から三割削減されています。ただし、削減された分がどこへ行ったかというと——」
指が一点を示した。
「大聖堂修繕費、という名目の口座に移されています。ただし、実際の大聖堂の修繕費はここ一年、別の予算から出ています。つまり、慈善局から移された資金は、修繕には使われていない」
「横流しですわね」
「はい。受け皿になっているのは、聖務局の管理する口座です。そしてその口座から、定期的に外部に送金されています」
「外部、というのは」
「送金先の名義が、セドゥン商会です」
私はしばらく黙った。
やはり、繋がっていた。フォル・ネビュラの倉庫を封鎖しても、資金の流れは別の経路で続いていた。聖教国がその経路の一つだった。
「カルド局長が、窓口ですわね」
「おそらく。ガルベス子爵と同じ役割です。国内の腐敗貴族が外国組織の窓口になっていたように、カルド局長が聖教国側の窓口として機能している」
「根が同じですわ」
「ええ。ただ」シリルが少し表情を引き締めた。「ガルベス子爵の時と違うのは、ここは宗教国家だということです。法よりも信仰が上に置かれている。証拠があっても、聖教国の内部では動きにくい」
「だから外から片付けるだけでは不十分、ということですわね」
「はい。内側の人間が動かないと、根は残ります」
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午後、再び施設を訪れた。
テレーズが笑顔で迎えてくれた。昨日届けた食料で、今日は少し食事が良かったと言っていた。
「また来てくれるとは思っていませんでしたよ」
「約束しましたから」
施設の中を少し手伝いながら、私はさりげなく聞いた。
「カルド局長とは、会ったことがありますか」
テレーズが顔を曇らせた。
「一度だけ。視察に来た時に。愛想のない方でした。施設を見回して、何も言わずに帰っていきました。目が……」
「目が?」
「仕事をしている目ではなかった。何かを確認しているような、そういう目でした」
資産の確認でも、していたのかもしれない。
「この施設に、以前から長くいる聖職者はいますか」
「マルセル神父様がいます。もう三十年この施設にいる方です。でも最近は、体の具合が悪くてほとんど部屋から出てこられないので……」
「会えますか」
テレーズが少し考えてから、立ち上がった。
「聞いてみます」
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マルセル神父は、施設の一番奥の部屋にいた。
七十代後半の、痩せた老人だ。だが目は澄んでいた。私を見て、静かに言った。
「外の方ですね」
「はい。少し、お話を聞かせていただけますか」
神父が窓の外を見た。白い壁に囲まれた中庭が見えている。
「この施設も、この国も、ずいぶん変わりました。私が若い頃は、もっと風が通っていた気がします」
「半年前の変化のことですか」
「それだけではありません。もう少し前から、じわじわと変わっていました。十年、二十年の話です。ただ、半年前に一気に表に出てきた」
「カルド局長が来てから」
神父が頷いた。
「あの人は結果ではなく、原因です。もっと上に、長い時間をかけてカビを育ててきた人間がいます」
「誰ですか」
神父はしばらく黙った。それから、静かに一言だけ言った。
「大聖職者です」
部屋に、沈黙が落ちた。聖教国の最高権力者。その人物が、根の中心にいる。
「教えてくださって、ありがとうございます」
「あなたは、本当におそうじをしに来た方ですね」
私は少し驚いて、神父を見た。老人が穏やかに笑っていた。
「そういう目をしている。どうか、この国に風を通してください」
宿への帰り道、私は白い空を見上げた。大聖職者。カルド局長の上に、さらに上がいた。これは、思ったより深いカビだ。
宿に戻ると、シリルが温かいハーブティーを用意して待っていた。
「少し、話が大きくなりますわ」
「どのくらい?」
「大聖職者まで、ですわ」
シリルが一瞬だけ眉を上げた。それからいつもの笑顔に戻り、茶を注いだ。
「エコではない規模ですね」
「ええ。でも、換気は徹底的にやらないと意味がないでしょう」
ハーブティーの香りが、部屋に漂った。甘くて、少し苦い。長い夜になりそうだった。




