第23話 施設の空気
翌朝、私は一人で街に出た。
シリルは慈善局への書類提出と、別ルートでの情報収集に動いている。リタは宿の周辺で聖務局の動きを確認している。私がやることは別だ。
街の北側に、信者の施設がいくつかある。宿の管理人から聞いた場所だ。高齢の信者や、身寄りのない人間が共同で暮らしている施設で、慈善局が管理している。食料の配給が減っているという話が出ていた、あの施設だ。
路地を抜けて北に向かうと、白い壁の建物が並ぶ区画に出た。大聖堂の周辺と比べると、手入れが行き届いていない。白い塗料が所々剥げて、下の石の色が見えている。
施設の入口に近づくと、老いた女性が一人、日向ぼっこをしていた。
「こんにちは」
「……ああ、こんにちは。見かけない顔ですね」
「外から来ました。少し、お話を聞かせていただけますか」
女性は特に警戒する様子もなく、隣のベンチを手で示した。
「どうぞ。最近は外から来る人が少なくなりましたから、話し相手がいると助かりますよ」
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女性の名前はテレーズといった。この施設に暮らして十年になるという。
「昔はもっと賑やかだったんですよ。慈善活動の方がよく来て、食料や布を届けてくれて。でも半年前くらいから、ぱったり来なくなってしまって」
「何か変わったことがありましたか」
「慈善局の局長が変わったんです。前の局長さんは穏やかな方で、外の方も歓迎してくれていました。でも新しい局長さんは……なんというか、外の人間を好まないようで」
「新しい局長の名前は?」
「カルド様です。聖務局から来た方だと聞いています」
聖務局から慈善局へ。外部の人間を排除し、配給を減らした。
「食料が減って、困っていますか」
テレーズが少し間を置いてから、正直に答えた。
「困っています。でも、声を上げる人がいなくて。上に訴えても、局長の判断だと言われて終わりで」
「他にも、困っていることはありますか」
「施設が古くなっていて、雨漏りがひどい部屋があります。修繕の申請を出したら、予算がないと言われました。でも大聖堂の修繕は続いているようで……」
テレーズが苦笑した。
「愚痴ばかり言ってしまいましたね。すみません」
「いいえ。話してくださって、ありがとうございます」
私は立ち上がった。
「少し待っていてください」
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一時間後、私は市場で買い込んだパンと果物と、缶に入った保存食を抱えて施設に戻った。荷物が多すぎて、少し大変だった。
テレーズが驚いた顔をした。
「これは……」
「申請が通るまでの間、私にできることをするだけですわ」
施設の中に入れてもらった。建物の中は、外観より古びていた。廊下の壁にカビが生えている。換気が悪く、空気が重い。
まさに、文字通りのカビだ。
食料を配りながら、私は施設の住人たちと話した。みな、テレーズと同じようなことを言った。半年前からの変化。カルド局長への不満。でも、声を上げる場所がない。
帰り際、テレーズが言った。
「また来てくれますか」
「ええ。もう少し、通わせてもらいますわ」
宿に戻ると、シリルが待っていた。
「いかがでしたか」
「カルド局長というのが、半年前に聖務局から来ている。外部を排除して、配給を絞って、申請を遅らせている。施設の中にはカビが生えていましたわ、文字通り」
「カルド局長と聖務局の繋がりを調べますか」
「ええ。それから、配給に使われるはずだった予算がどこへ行っているか」
「資金の横流しですか」
「可能性はある。施設の修繕予算がないのに、大聖堂の修繕は続いているというのが引っかかりますわ」
シリルが手帳に書き込んだ。
「今夜から動きます」
夕食は宿の管理人が少し豪華に用意してくれていた。スープに加えて、焼いた肉と野菜が並んでいる。
「今日、施設に食料を届けてくださったと聞きました」
「ついでですわ」
管理人の女性が、初めて少しだけ笑った。その目の疲れが、わずかに薄れたように見えた。
温かい食事を前に、私は静かに考えた。カビは、光が当たれば取れる。まず換気をして、光を通す。それがここでの最初の仕事だ。




