第16話 霧が晴れる前に
翌日の夜、セドゥン商会の倉庫に再び動きがあった。
リタの報告によると、昼過ぎから見慣れない馬車が港に入り、倉庫の正面に横付けされた。荷下ろしは手際がよく、二十分ほどで終わった。運び込んだのは三人。そのうち一人は、外国人ではなく王都の言葉を話していた。
「王都から、直接使いが来たということですわね」
「はい。ガルベス子爵が失脚した後も、この経路は動いている。つまり、子爵は末端に過ぎなかった」
「わかっていたことだけど、改めて聞くと気が重いですわね」
「エコではない規模の汚れです」
シリルがそう言って、静かに書類を整理した。
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三日目の夜、ゾーラ・ペイジが動いた。
リタが尾行していた老人は、日が暮れてから店を閉め、港の方向に歩き始めた。向かった先は、桟橋の端にある小さな酒場だ。
私とシリルは、少し離れた場所から様子を見た。老人は奥の席に座り、しばらくして一人の男が隣に来た。三十代くらい、旅装の男だ。二人は小声で話し込み、十分ほどで別れた。
男が去った後、リタが男の後を追った。私とシリルは老人の後をつけた。
老人は真っ直ぐ店に戻り、扉を閉めた。
「中で誰かと連絡を取るはずです」
シリルが低く言った。
十分後、店の裏口から使いの子どもが走り出てきた。リタに任せておけばいいと思ったが、リタは男の方を追っている。
「私が行きますわ」
「お嬢様、危険です」
「子どもが相手ですから」
私は子どもの後を追った。霧の中、小さな背中がひょこひょこと走っていく。向かった先は、港から三本入った路地にある民家だった。子どもが扉を叩き、中の人間に何かを渡して走り去った。
扉の前で、私は少し考えた。
強引に入るのは簡単だ。でもそれでは、糸が切れる。
私は扉に近づき、静かにノックした。
「どなたですか」
「旅人です。道に迷ってしまいました」
しばらく間があった。それから扉が少しだけ開いた。中から覗いたのは、三十代の女性だった。警戒した目をしている。
「この辺りに宿はありますか」
「……一本南に下れば、看板が出ています」
「ありがとうございます」
私は礼を言って、その場を離れた。顔を見た。それで十分だった。
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宿に戻ると、リタが先に帰っていた。
旅装の男は港の船に乗り込み、夜のうちに出港したという。追うことはできなかった。ただ、船の行き先は南だと確認できた。
「南、ですか」
「内陸の商業都市、モルトに向かう航路です」
「モルト」
シリルが地図を広げた。フォル・ネビュラから南に三日の距離にある、大きな商業都市だ。
「L・Aはモルトにいる可能性があります。ここは中継地に過ぎない」
「つまり、フォル・ネビュラでの仕事は終わりに近づいている、ということですわね」
「あとは倉庫の証拠を固めて、セドゥン商会を動けないようにする。それがここでの仕上げかと」
私は窓の外を眺めた。霧が少しだけ薄くなっている。珍しい夜だった。
「ゾーラ・ペイジは、L・Aに繋がる人間だった」
「おそらく。ただ、どこまで知っているかはわかりません。本人も末端かもしれない」
「それでも、話を聞く必要はありますわ」
明日、もう一度あの古書店を訪れよう。今度は、正直に話しかける。
シリルが夜食を出してくれた。干した果物と、温めた蜂蜜入りのミルクだ。甘くて、体がほぐれる感じがした。
霧の港の夜は、少しずつ終わりに近づいていた。




