第14話 霧の中の倉庫
倉庫に向かったのは、夜の霧が最も濃くなる時間帯だった。
月はない。港の灯りが霧に滲んで、足元だけがぼんやりと見える。三人で裏手の路地に入ると、石畳の濡れた音だけが静かに続いた。
リタが先頭を歩く。迷いがない。二日間で完全に地形を頭に入れているのだろう。私とシリルは後ろに続いた。
見張りの交代から十分が経過している。次の交代まで五十分。その間に、入って、確かめて、出る。
裏口は古い木の扉だった。南京錠がかかっているが、リタが鋼糸を使って三十秒で開けた。音は一切しない。
中に入ると、海産物の臭いに混じって、紙と埃の匂いがした。
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倉庫の内部は、外から想像するより広かった。
正面には大きな木箱が積み上げられている。表向きの荷だろう。だが奥に進むと、仕切られた小部屋があった。鍵がかかっているが、これもリタがすぐに開けた。
部屋の中には、棚が並んでいた。
書類だ。分厚いファイルが何十冊も、整然と並んでいる。シリルが一冊取り出して、素早くページをめくった。
「……これは、取引記録です。日付と金額と、暗号らしき記号が並んでいます」
「暗号?」
「解読には時間がかかりますが、構造から見て、送り先と受け取り先を示しているものと思われます」
私は棚全体を見渡した。ファイルには年代が書いてある。一番古いもので、八年前。
「八年前から、ここを使っていますわね」
「ガルベス子爵が最初に外国と接触したのが、ちょうどその頃と一致します」
「全部持ち出せますか」
「量が多すぎます。ただ——」
シリルが特定のファイルを数冊抜き出した。
「直近三年分と、一番古いものだけ持ち出せば、繋がりを証明するには十分かと」
「わかりました。それで行きましょう」
シリルがファイルを布の袋に入れ始めた。その間、リタが入口付近で気配を探っている。
私は部屋の奥に置かれた小さな箱が気になった。他の書類とは別に、鍵付きの金属製の箱だ。
「シリル、あれは」
「少々お時間をいただければ」
シリルが箱に近づき、慣れた手つきで鍵を開けた。中には、一通の書状が入っていた。封は既に開いている。
シリルが目を通して、表情が少しだけ変わった。
「お嬢様。これは、ガルベス子爵への指示書です」
「差出人は?」
「記名はありませんが、末尾に頭文字だけあります。『L・A』」
L・A。人の名前か、組織の略称か。
「持ち出しなさい」
「はい」
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倉庫を出たのは、見張りの交代の十五分前だった。
来た道を戻り、宿に入る。誰にも会わなかった。霧が、私たちの足跡を全て覆い隠してくれた。
部屋に戻ってから、三人でファイルと書状を広げた。
取引記録には、王都の複数の貴族の名前が暗号で記されていた。ガルベス子爵以外にも、この組織と繋がっていた人間がいる。
「これは、予想より大きな話になりますわね」
「ええ。フォル・ネビュラの倉庫は、氷山の一角に過ぎないかもしれません」
「でも、とっかかりは掴んだ」
私は書状の末尾の文字を見つめた。L・A。この人物を辿れば、根元に届く。
「次は、この文字の主を特定しますわ」
リタがハサミをチャキッと鳴らした。
シリルが湯を沸かして、茶を淹れてくれた。深夜の作業の後の一杯は、少し苦みが強く感じる。だが、それが今夜にはちょうどいい。
大事なものを手に入れた夜の味だった。




