第13話 浸け置きの二日間
待つのは、嫌いではない。
汚れというのは、焦って擦ると余計に広がる。適切な溶剤を染み込ませて、時間をかけて浮かせる。そういう汚れがある。今回はそういう類だと、最初から思っていた。
二日間、私たちはただの旅行者として港町を歩いた。
シリルは商人や宿の主人と話し込み、少しずつ人脈を広げていった。港町の人間は警戒心が強いが、シリルの笑顔と話術の前では、誰でも少しずつ口が緩む。それが怖いところだと思う。
リタは毎朝、夜明け前に一人で出かけた。どこを歩いているのか聞いたことはないが、帰ってくるたびに地図の書き込みが増えている。見張りの動き、船の停泊パターン、倉庫に近づく人間の顔。無言のまま、全てを把握していく。
私はというと、港の市場をぶらぶらしながら、土地の空気を吸っていた。
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二日目の午後、シリルが一人の男を連れてきた。
四十代くらいの、日焼けした漁師だ。がっしりとした体格で、手に深い皺が刻まれている。長年、海で働いてきた人間の顔だ。
「ヤンスといいます。この港で生まれて、この港で育った」
「話を聞かせていただけますか」
「シリルさんから、少し込み入った話だと聞きましたが」
「ええ。セドゥン商会のことを、知っていれば」
ヤンスの表情が、一瞬だけ固くなった。それからゆっくりと、周囲を確認してから口を開いた。
「あの倉庫が変わり始めたのは、五年ほど前からです。それまでは普通の海産物の取引をしていたんだが、ある時期から出入りする人間が変わった。地元の業者じゃない連中が増えた」
「外国人ですか」
「それだけじゃない。王都の方からも来るようになった。荷物の中身も変わった。魚じゃない。何かもっと軽いものを、大量に運んでいる」
「軽いもの」
「書類じゃないかと、うちの息子は言ってます。荷の運び方が、魚とは違う。濡らしちゃいけないものを運ぶ時の、あの慎重さがあるって」
書類。情報の中継地点として使っているという線が、さらに濃くなった。
「なぜ、私たちに話してくれるのですか」
ヤンスはしばらく黙ってから、答えた。
「去年、うちの若い衆が一人、あの倉庫に雇われたんです。いい給金だからって。でも三ヶ月で辞めてきた。何を見たか話さないが、それ以来、夜中に目を覚ます日が続いている」
「それで?」
「あそこを、誰かに片付けてほしいと思っていた。ただの漁師には、どうにもできない汚れですから」
私は静かに頷いた。
「わかりました。お力を借りるかもしれません」
「できることなら」
ヤンスが立ち上がる前に、シリルがさりげなく封筒を渡した。ヤンスは一度だけそれを見て、黙って受け取った。
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その夜、三人で明日の段取りを確認した。
倉庫に荷が入るのは、日が暮れてから二時間後。見張りの交代は一時間ごと。裏手の路地は、交代の隙間に十分通れる。
「中に入ったら、何を探しますか」
「書類があるなら、それを見る。誰と、どんな取引をしているか。ガルベス子爵との繋がりが証拠として残っていれば十分ですわ」
「燃やす必要はありませんか」
「燃やすのは、最後の手段ですわ。まず中身を確かめてから」
リタがハサミをチャキッと鳴らした。準備はできている。
宿の食堂では、今夜も煮込み料理が出た。昨日より具が多く、貝の出汁が濃い。シリルが白湯を一杯添えてくれた。
「明日に備えて、早めに休みましょう」
「そうですわね」
私は窓の外の霧を眺めながら、スープを飲み干した。温かくて、少しだけ塩辛い。明日、この霧の中で何を見つけることになるのか。
答えは、もう目の前にある。




