第11話 霧の港へ
こんばんは、ごめんなさい。
投稿が遅くなりました。
11話から、第2章となります。
引き続きよろしくお願いします。
出発の準備に、三日かかった。
フォル・ネビュラまでは馬車で五日。海沿いの道を南下して、霧が深いことで知られる港町だ。シリルが事前に手配した宿は、港から少し離れた静かな場所にある。目立たず、しかし動きやすい立地を選んだという。
「お嬢様、荷物はこちらで全て揃えております」
「おそうじ道具は?」
「もちろんです。ただし現地では、あまり派手には使えないかもしれません」
「わかっているわ。郷に入っては郷に従う。郷の汚れを、郷のやり方で落とす」
シリルが珍しく、少しだけ口元を緩めた。
馬車に乗り込む前に、私は一度だけ振り返った。ヴィクトリア家の屋敷。手入れの行き届いた庭。澄んだ空気。ここを離れるのは久しぶりだ。
リタがすでに御者台の隣に座って待っている。目が合うと、小さく頷いた。準備完了、という合図だ。
「参りましょう」
五日間の道中は、思いのほか静かだった。
シリルが馬車の中で、フォル・ネビュラについての情報を整理してくれた。
「人口は王都の三分の一ほど。漁業と海運が主な産業です。霧が深いため、年間を通じて視界が悪い日が多い。おかげで密輸や、表に出せない取引が盛んな土地でもあります」
「人の目が届きにくい、ということね」
「はい。ガルベス子爵の取引相手がここを拠点にしていたのも、そういう理由かと」
「その人物の特定は?」
「現地に入ってからでないと難しいですね。ただ、定期的に特定の倉庫に出入りしている外国人がいるという話は掴んでいます」
私は窓の外に流れる景色を眺めた。王都を離れるにつれ、空気が少しずつ変わっていく。潮の香りが混じり始めたのは、四日目の朝だった。
フォル・ネビュラに着いたのは、夕暮れ時だった。
港町特有の、生臭さと潮風が混じった匂いが鼻をついた。霧はまだ薄かったが、遠くの海の上にはもう白い靄がかかり始めている。夜になればもっと濃くなるのだろう。
宿に荷物を置いてから、私は三人で港の周辺を歩いた。観光客のふりをしながら、地形と人の流れを確認するためだ。
桟橋には大小さまざまな船が停泊していた。漁船、商船、見慣れない旗を掲げた外国の船。人の往来は多く、どこから来てどこへ行くのかわからない人間が混ざり合っている。
「確かに、汚れを隠すには都合がいい場所ですわね」
「ええ。霧の中では、何が何だかわからなくなりますから」
シリルが静かに言った。
「だからこそ、私たちが来たわけですわ」
リタが桟橋の先に目を向けた。その視線の先に、一際大きな倉庫がある。古びた石造りで、窓が少ない。人の出入りはほとんど見えないが、扉の前に男が一人、さりげなく立っていた。
「シリル、あの倉庫」
「気づいておりました。明日、詳しく調べます」
私は霧の向こうを眺めた。何かが、あの中に潜んでいる。どんな汚れかはまだわからない。でも、必ず落としてみせる。
宿に戻ると、港町の名物だという魚のスープと、厚切りのパンが用意されていた。シリルが現地の茶葉で淹れた、少し渋みの強い茶と一緒に食卓に並んでいる。
「現地の料理ですが、お口に合いますか」
一口飲んでみると、磯の香りが鼻に抜けた。王都では飲んだことのない味だが、悪くない。
「まあまあですわ」
「それはよかったです」
霧の港の最初の夜は、静かに更けていった。




