67:祈りの効果は
「なんだい、これから忙しいのに」
「わかってるわかってる。ただね、ちょっと思ったの。――ねぇスタニフ」
「は、はいっ!」
怖い怖い怖い。
イサさんが僕の名前を呼ぶなんて、こんな怖いことない。
「ななな、なんでしょう!」
「何きょどってるのよ。えぇとね、スタニフ、あなた眠り薬とか持ってない?」
「え? あ、それなら薬草あれば……」
薬草は、その性格からアカデミー出身者が詳しい。
そして僕はちゃんとアカデミーを出てるから、もちろん知ってる。
でもそれを、こんなところで使うことになるなんて、思ってもみなかった。
「その薬草、手に入るの?」
「有名なのは何種類かあるんですけど、その1つが高山で取れるもので、この辺に自生してるはずです。薬草というか、ふつうに食べるとぐっすり眠れるっていう、有用植物です」
これを抽出して濃くすると眠り薬になるんだけど、そのまま食べるとただの快眠だ。
でも、物は使いようで。
「その植物、強い酒と一緒に食べると、すぐ眠くなるんですよね」
「いい感じ。じゃぁそれ、急いで採って来て」
「急いでって……」
そりゃ時間がないのはわかるけど、これから日が暮れてくっていうのに、なんてことを言うんだろう。
僕が遭難してもいいんだろうか。
「それ、どんな草なんだい? もしかしてエドネアかい? ここらじゃ赤ん坊の夜泣きに使うんだ」
口を挟んできたおかみさんに、僕は答えた。
「この辺での呼び名が分かんないですけど……細い葉で、長い茎の先にきれいな青い花が、房になって咲きます」
「あーやっぱエドネアだね。なら、村の裏手に山ほどある」
どうやら、材料が揃いそうだ。
「そしたら、それたくさん採って明日の料理に混ぜましょ。で、強いお酒も出す」
「縄用意しといて、寝たらまとめてふん縛っちまおう」
「その前に、酒と料理を用意しないとだよ」
「それもそうだけど、子供と娘どもをどこにやるか、考えなきゃだ」
「それなら、下の村はどうだい? あそこなら、あたしゃ親戚がいるよ」
「なら余ってる麦少し持たせて、そこに頼むかね」
やいのやいのと雑談しているようなのに、話がどんどん決まってく。
「肉出そうかね。じゃないと、酒が進まないだろ」
「じゃぁ塩出そう。塩っ辛いもんが、つまみにゃいいよ」
「いつもの倍は要るんだろ? 今から仕込んじまわないと」
「子供らと娘っこに持たす弁当も、作んなきゃだよ」
おばさんたちが腕まくりを始めた。
「あたしも手伝う手伝うー」
「頼むよイサ。お客さんに悪いけど、こうなると猫の手でもほしいくらいだ」
「任せて、イモならこの二人が剥くし」
「助かるよ」
そして僕らの前にイモの籠が、ドン、と置かれた。
明けて翌日。
「お世話になりました」
「どうぞ、またいらしてください」
僕らを見送る村長の顔には、腹が立つくらいの安堵が浮かんでた。
もう少し自重しろ。お客様に失礼だとは思わないのか。
でもここで言ったらすべて台無しだから、何も言わないでおくことにする。
「イサ、そのパイ、今日のお弁当にしとくれ」
「ありがとうヨルダ、あとでいただくわ」
おばさんたちの別れの会話。
あまりにもありきたりで、陰謀なんて微塵も感じさせない。
やっぱりおばさん族は、みんなして詐欺師だと思う。
「じゃぁね、また来る時があったらお願いね」
「あぁ、その時はまたパイ焼いてやるさ」
そんなことを言いながらイサさんが馬に乗って、僕らもそれぞれ乗って、村を後にする。
坂を下って、大岩を道なりに回り込んで……。
「ここで待ってろ、って言ってたのよね?」
「ええ、下の村に子供たちを逃がすとき、ここを通るそうですから」
まさか馬で、村へ戻るわけにいかない。
だからここで待っていて、下の村まで馬だけ連れて行ってもらう手筈だ。
村の方は今頃、大量の料理の仕込みが大詰めだろう。
なにしろ寄り合いのぶんと、来るだろう敵のぶんと、子供たちに持たせるぶんとか居るんだから。
――男衆の側に行かなくてよかった。
完全に成り行きで、村長はじめ男性陣とはほとんど接触しないうちに話が転がったけど、もし接触してたらイヤな形で巻き込まれたはずだ。
これはどう考えても、お祈りの効果だろう。
せめて僕だけは毎日平穏でありますように、って祈ってただけのことはある。
とりあえず僕らは馬から降りて、子供たちを待つことにした。




