64:境界線の向こう側
「そんな、麦をまたくれるなんて上手い話、あるわきゃないだろに」
「あたしもそう思うんだけど」
お嬢さんが肩をすくめた。
「なんかね、頼み聞けばいいだけだし、って。で、あたしびっくりして、何の頼みか訊いてみたのよ」
お嬢さんが料理持ってってくれて、ホントよかった。
そうじゃなかったらこの村、そう遠くないうちに大変なことになってたと思う。
「で、なんて言ってたんだい?」
「あと少ししたら人がいっぱい通るけど、そのときにちょっと手伝えばいいだけだから、って言うの」
「それ、侵攻の片棒担ぎじゃ……」
隣の騎士も頷いた。
「山越えしてくるんでしょうね」
「この時期に? けっこう無謀だと思うけどねぇ」
「そうなんですか?」
驚いて聞いてみると、山のこの時期は、案外雨が多くて天気が変わりやすいんだっていう。
「急に寒くなったり、霧が濃かったりいろいろあってね。峠越えるのは、案内いないと危ないと思うんだよねぇ」
そういえば今日も、霧だって理由で山歩きやめたわけで。
これだけで案内があっても歩けないなら、行軍はけっこう危険だろう。
日程なんかも、天候次第でかなりズレそうだ。
「その案内を、村から出すって話なのかな?」
「どうだろうねぇ」
けどさすがにそこまでは、ここで考えてても分からなかった。
厨房での話があってから、3日。
僕と生贄騎士とお嬢さんの3人は、連日山を歩いてた。
少しでも多く祠を周って、陣を書き換えて、罠を仕掛けるためだ。
イサさんは相変わらずお留守番。と言いつつ昨日今日は、「みんなにお城の話をする」という名目で、お茶会開いてるらしい。
――お茶会。なんて恐ろしい響きだろう。
優雅なのは見た目だけ、情報が錯綜して陰謀が走り出す、あれは史上最悪の作戦室だ。
その次に危険なのが、厨房だろう。
この二つは父さんも言ってなかった。
だからぼくはこの分だけは、父さんより賢くなったかもしれない。
「ここは、これで終わりですね」
扉を出て閂をかけて、地図を開く。
「えぇと、次に行くなら……あれ?」
それぞれの祠は、当たり前だけどそれなりの魔力を放ってる。
だから地図にある方角から、魔力が来てなければおかしい。
なのに、違う方向から魔力を感じだ。
「すみません、こっちの方、地図にない祠とかあります?」
僕が指さすと、お嬢さんもそっちへ視線を向けた。
「魔力が来てるの、わかりますよね?」
「はい。でも、あんな方に祠は……。前にはこんなふうに、あっちから魔力来ませんでしたし」
生贄騎士と顔を見合わせる。
「見に行きますか」
「ですね。イヴェラさん、道わかりますか?」
「わかります」
短く答えて、彼女が歩き出す。
――これ、地元民じゃないとムリだろうなぁ。
どこが道なのかよく分からない、藪の中を進んでいく。
よく見るとうっすら道はあるけど、知らなかったらまず見落とすだろう。
そうやって進んだ先で、彼女が立ち止まった。
(あれ、何でしょうか……)
小声で訊いて来て、僕に場所を譲ってくれる。
そっと覗くと、ここから先は下りの斜面になってて、下のほうに小さな空き地があった。
下草がご丁寧に抜かれてて、地面がむき出しになってる。
そしてその地面にはよく見ると、魔力を込めた石まで配置した、かなり大がかりな魔方陣。
「――帰りましょう」
僕は即座に言った。あれはまずい。
騎士が不思議そうに訊いてくる。
「書き換えないのか?」
「あれは書き換えられません。書き換えたらすぐバレます」
一目見て分かった。事もあろうに、描かれてるのは「移動門」だ。
使うのはかなり難しいし、魔力も要るし、そもそも魔導師が何人も要る。
加えて通った時に、けっこうふらふらになる(たまに死ぬ)。
だから一般には使われないけど……奇襲の時には使われるって、聞いたことがあった。
でもこれで、攻めようとしているどこかが何を考えてたかはわかる。
軍隊の峠越えなんかじゃない。
直接領地へ飛び込むつもりだったんだ。




