56:僕の魔法を思い知れ
「そしたらこの陣、消しちゃう? 消さないほうがいいとは思うけど」
「私も消さないほうがいいと思う」
そう答えたのは生贄騎士だった。
「そういうことなら、書き換えた輩が見に来るかもしれない。そうなったら、我らが来たのが気付かれてしまう」
「そうよねー」
僕は答えた。
「消したほうが、確かに効果が戻るのは早いんですけど。さすがに効果が無いわけじゃないので。でも消さなくても師匠の陣は少し時間が余分にかかるだけで、勝手に描かれたものを破壊して元に戻ります。だから、このままでいいかと」
結局、文様はそのままにしておくことになった。
それにしても師匠、どれだけ楽をしたかったんだろう?
この話を聞いた時は、さしもの僕もくらくらした。
僕だってサボるのは好きだけど、そのためにここまでしない。
作る労力の方が、作り変える手間より大きいなんて、絶対に願い下げだ。
「じゃぁ、もうここは終わり? 次に行く?」
「いえ、待ってください。この陣、相手に分らないように書き換えます。その方が面白そうなので」
放置しててもいいわけだけど、万が一陣が元に戻る前に誰かが国境を越えて入ろうとしたら、目的を達してしまう。
それはなんだか面白くない。
それにこんな稚拙な陣を書いた魔導師に、本物の陣を見せつけてやらなきゃいけない。
「どうするの?」
「いくつか見ただけではわからないように入れ替えて、国境を越えてきたところで呪いがかかるように。動けますけど、鈍くなるヤツです」
「あ、それは面白そう」
イサさんが喜んだ。喜ばすつもりはなかったのに。
逆にちっとも喜ばなかったのが、騎士の方だ。真剣な顔で腕組みしてる。
――やめとけばいいのに。
考えるのは、神職や魔導師の仕事だ。慣れてない人がやったら熱を出す。
そうなったら僕の護衛がいなくなって、何かあったときにすごく困る。
「スタニフ殿」
僕の思いが通じたみたいで、騎士が考えるのをやめて口を開く。
「この件、城に知らせた方がいいと思うんだが……」
「そうですね。村に戻ったら知らせましょうか」
もともと、何かありそうだから調べに来たわけで。
実際に何かあって、知らせないわけにはいかない。
「だが、伝書鳥はいないから……」
「だいじょぶです、魔導師には別の手段がありますから。でも今は先にここの陣を」
僕らの通信手段とかを知らないのは、仕方ない。
こういう魔法を使った小道具は、あんまり外の人には教えないことになってる。
ヘンな形で広まったら、軍事的なバランスを崩しかねないからだ。
そんな話をしながらも、僕はけなげ気に手を動かし続けて魔法陣を書き換えた。
「これでよし、っと」
これであとは、師匠の陣が復活するのを待つだけだ。
僕のに引っ掛かるか、師匠の復活した陣に阻まれるか、どっちにしても書き換えた連中が困る。
それにしても師匠、ホントにこういうところは懲りすぎだ。
ただこの研究成果は、もう盗めたから万々歳だ。
この程度なら一度読んで使えば、何とか覚えられる。その意味じゃ、こんな辺境まで来た甲斐があった。
「そしたら、他も見に行きましょうか」
僕は荷物をまとめて立ち上がった。
こういう国境付近には、この手の祠がいくつもある。
下手をしたらそのすべてが、書き換えられてるかもしれない。
イサさんがため息をつく。
「休みたいけど、しょうがないわね」
今まで休んでたじゃないか、と喉まで出かかったけど、僕は言葉を飲み込んだ。
そういうことは言っても無駄だと、いつも父さんに言われてたのを思い出したからだ。
だから黙って荷物を背負う。
「イヴェラさん、でしたっけ? 案内をお願いします」
村のお嬢さんにそう言って、僕たちは最初の祠を後にした。




