54:キミに決めた?
「これ、パイ? あ、もしかして、この村の名物の?」
「名物?」
イサさんの脈絡のない言葉に、さしものおばさんが目を丸くする。
こんなおばさんを驚かすなんて、やっぱりイサさんはクイーン・オブ・おばさんだ。
「えぇとね……」
当のイサさんはお構いなしで説明してる。
「あーそうそう、ウッラ知ってる? お城の厨房の、ウッラ・ペーデル。たしかここの出身で、たまに手紙出すって言ってたんだけど」
「え、あ、じゃぁ、魔導師様はウッラの知り合いで?」
「そそ」
何もまともに説明してないのに、話が通じるとはどういうことなのか。
僕にはさっぱりだ。あり得ない。
おばさんの会話は父さんの言ってた通り、深く考えたら負けらしい。
イサさんたちは、見事に意気投合してた。
「ウッラの作る故郷のパイっていうのが、もうホントにおいしくてね。でも彼女が言うには、何とかっていう香草が足りないからイマイチだって」
「あぁ、ヨイデの葉。この辺じゃ肉の臭み抜きに、それを使うんでねぇ」
「そうそれ! このパイには入ってるの?」
「もちろん」
大喜びでイサさんがパイに手をつけた。小さめのを取って半分にして、歓声を上げる。
「すごーい、この香り! 真似できないわー。やっぱりこういうの、地元に限るわねー」
「そうですか?」
そんなこと言いながらもおばさん、まんざらでもなさそうだ。
「ねぇねぇ、この葉、お土産にもらっちゃダメ? お城でウッラにあげたら、きっと作ってくれるわよね」
「そりゃそうでしょうよ、この村の料理ったらヨイデの葉、ってなもんですから」
――僕ら、何しに来たんだろう?
間違っても料理談義じゃなくて、陰謀を確かめに来たはずだ。
なのに今目の前で繰り広げられてるのは、ただの井戸端会議だ。どうしてこうなるんだ。
「はい、半分あげる。あたしもともと量食べないし」
「あ、すみません」
押しつけられたパイ包みを、ひとくち齧る。
「おいしいな、これ……」
「でしょでしょ」
なぜかイサさんが自慢げだ。自分で作ったわけじゃないのに。
「ほら、ラウロも食べなさいよ、冷めちゃったらもったいないから」
イサさん、両手にパイを持って差し出す。
この勢いにに誰も逆らえるわけがなくて、生贄騎士もこっちへ来て、差し出されたパイ包みを二つとも手にした。
「あなた、お腹空いてるでしょ?」
「……はい」
イサさんひどいです。僕だってお腹空いてます。
なのになんで、コイツには二つも渡すんですか。
僕はまだ半分食べただけなのに。
そう勇気を振り絞って抗議しようとしたとき、イサさんが先に口を開いた。
「そうそう、聞きたいんだけど」
「なんでしょ」
おばさんたちのテンポのいいやり取り。僕の入る隙間がない。
そしてもちろん二人とも、僕のやるせない思いには気づかない。
「この村って、最近誰か来たの?」
こんな質問予想してなかったんだろう、おかみさんの目が丸くなった。
「例えばさ、魔導師とか、来た?」
一呼吸おいて、おかみさんが答える。
「えぇ、来ましたよ。で、なんだか山の方にあるお堂を、案内してほしいとか言って」
「そなんだ。有名だからかな、あの祠」
「あれ、そうなんですか?」
「うん、そうなの。魔導師の間じゃ知られてるのよ」
イサさん、口から出まかせにも程がある。
あの祠が有名なワケがない。
祠って言うのは名目で、あれは国境を守るためのものだ。
だから場所はたいてい、付近の村の者しか知らない。
でも、それを訪ねて来た人間がいるとなると……。
「あたしたちも明日から、周ってみたいんだけど。案内頼めるのかな?」
「ええ、わかりましたとも。誰か用意しますよ」
「あ、じゃぁえっと」
僕は思わず口を挟んだ。
「そこの彼女を、お願いしたいんですが」
『え?』
僕以外の四人の声が揃った。
「うちの娘をですか?」
「なによスタニフ、この娘気に入っちゃったの?」
「女性に山歩きの案内は……」
でも今回だけは、僕は譲れなかった。
まっすぐおかみさん見ながら言う。
「お嬢さん、魔力ありますよね?」
「そりゃ、確かにこの子にゃあるけど……」
やっぱりだ。
だから畳みかける。他の誰より、案内してもらうなら魔力持ちがいい。
「魔法の祠なので、魔力がある人の方が助かるんです。お願いします。護衛なら、居ますし」
そのための騎士だ。仕事してもらわなきゃ困る。
「――私からもお願いするわ。この娘、貸してくれない? ちゃんと返すから」
意外にもイサさんが僕に加勢する。明日は槍が降るかもしれない。
おかみさんが頷いた。
「よござんす、お貸ししましょ。ただ日暮前には返していただかないと」
「そりゃもちろん。あたしたちだって、暗い山歩くのはヤよ。死にたくないもの」
あっさりと話がまとまった。これで明日の動きは決まりだ。
「そうしたら明日は、お弁当いりますかね?」
「ありがとう、お願いするわ。すっごく助かる」
おばさん同盟強し。あっという間にお昼まで調達される。
やっぱり朝のお祈りは神様だけじゃなくて、おばさんにも捧げることを、真剣に検討しないと。
「そしたら晩御飯作るついでに、仕込んどきますよ。このパイなんてどうです?」
「わ、嬉しい!」
こうして僕らの三食は、無事に確保された。




