51:契約相手は
「イサさん、いらっしゃいますか?」
そう言って僕らのところへ来た姫様――なんでイサさんなのかはすごく解せない――は、気になったと言って話し出した。
「厨房の、ミセス・ペーデルからなのですけど……」
姫さまが言うには厨房おばさん、早々に例の「麦で払う」件で、出身の村に手紙を出したらしい。
「ところが返ってきたのは、『今年は十分あるから大丈夫』との話だったそうで……」
おかしな話だ。あの山の奥の方は貧しくて、しょっちゅう餓死者が出るっていうのは僕でも知ってる。
なのにそこで、大丈夫だなんて。
「そんなに麦、取れるもんなの? 確かに今年は豊作って聞いたけど」
「私も不思議に思ってミセス・ペーデルに訊いたのですけど、彼女は『あり得ない』と……」
僕らは顔を見合わせた。
出身者が断言するくらい、麦の取れない貧しい村。なのに足りているという謎。
そして。
「お城の消えた麦、まさか……」
「うむ、あり得るな。神殿に他国の者が来ていたとも言うし」
領主様もうなずいた。
この領主様、そんなに頭が悪いわけじゃなかったらしい。
ただ助祭長はじめ神殿側に「この領地は信心が足りない、このままだと災厄が降りかかる」と言われて、恐くなったのだとか。
そんな見え透いた口車に乗るの、やめればいいのに。
神殿の預言は、当たらないので有名だ。
その辺は魔法学院での研究テーマにもなるくらいで、あてずっぽうに言ったのと同じくらいしか当たらないと、証明されてる。
ただこの情報を神殿が広めることはないから、一般の人はまったく知らない。
しかも世間じゃ神殿の方が信頼されてるから、魔法学院が言っても無駄だったりする。
――どうぞ神様、神殿の連中に天罰をお与えください。
神殿に天罰が下らないなんて、絶対に不公平だ。
「お父様、どなたかに確かめに行って頂いた方がいいのでは?」
「そうだの……おお、そうだ!」
素晴らしいことを思いついた、領主さまのそんな顔。
そして嫌な予感。
「そこな魔導師殿、頼まれてくれぬか? コトは秘密に運ばねばならぬから、騎士団を派遣するわけにも行かんのでな。その点魔導師なら、諸国を旅するのは普通ゆえ、疑われずに済む」
「そりゃそうですけど……」
魔導師はよく、研究のために辺境の方まで行く。
魔力の高い地が、秘境に多いからだ。
でも僕は町に住む都会的なタイプで、そういう辺境には……。
「魔導師さん、私からもお願いいたします」
「喜んで!」
姫様に頼まれた瞬間、僕は即答した。
姫様の頼みを一瞬でも迷うなんてありえない。
即断即決で受けて当たり前だ。
「ゲンキンねー」
「何言ってるんですか、国の一大事なんですよ!」
力説する僕を、イサさんはにやにやしながら見てる。なんでだ。
ただここで、話は思わぬ方向へ転がった。
「魔導師さん、ありがとうございます。――イサさん、あなたも頼まれていただけませんか?」
「へ? あたし?」
さしものイサさんが、キョトンとした顔になる。
姫様すごい、姫様偉い!
おばさんを打ち負かすなんて、さすが姫様だ!
イサさんが口を開いた。
「買い被ってくれるのありがたいけど、あたし何にもできないわよ? 字も読めないんだから」
「でも、イサさんには知恵がお有りですわ」
「知恵ねぇ……?」
姫様の言い分には、僕も僭越ながら疑いを持つしかない。
でも姫様の願いを、断る方がありえない。
「イサさん、姫様の頼みです、行きましょう! 僕が手伝いますから」
「そぉ? 雑用やってくれる?」
「はい!」
勢いよく答えてから、しまったと思った。
僕は今、悪魔と契約しなかっただろうか?
イサさんが姫様に向き直る。
「そしたら、私も行きます。ただ誰か、護衛は付けていただけませんか? 私と彼だけじゃ不用心なので」
「もちろんですわ。――ねぇ、父上」
姫様の花のような笑顔に、領主様がにこにこと頷いた。
「騎士団から誰か選んで、護衛に付けさせよう。馬なり馬車なりも用意するぞ。もちろん、報酬も払う」
「ホントですか? 報酬があるならこのスタニフ、命に代えても!」
こうして、僕らの派遣が決まった。




