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51/65

51:契約相手は

「イサさん、いらっしゃいますか?」


 そう言って僕らのところへ来た姫様――なんでイサさんなのかはすごく解せない――は、気になったと言って話し出した。


「厨房の、ミセス・ペーデルからなのですけど……」


 姫さまが言うには厨房おばさん、早々に例の「麦で払う」件で、出身の村に手紙を出したらしい。


「ところが返ってきたのは、『今年は十分あるから大丈夫』との話だったそうで……」


 おかしな話だ。あの山の奥の方は貧しくて、しょっちゅう餓死者が出るっていうのは僕でも知ってる。

 なのにそこで、大丈夫だなんて。


「そんなに麦、取れるもんなの? 確かに今年は豊作って聞いたけど」

「私も不思議に思ってミセス・ペーデルに訊いたのですけど、彼女は『あり得ない』と……」


 僕らは顔を見合わせた。

 出身者が断言するくらい、麦の取れない貧しい村。なのに足りているという謎。

 そして。


「お城の消えた麦、まさか……」

「うむ、あり得るな。神殿に他国の者が来ていたとも言うし」


 領主様もうなずいた。


 この領主様、そんなに頭が悪いわけじゃなかったらしい。

 ただ助祭長はじめ神殿側に「この領地は信心が足りない、このままだと災厄が降りかかる」と言われて、恐くなったのだとか。


 そんな見え透いた口車に乗るの、やめればいいのに。


 神殿の預言は、当たらないので有名だ。

 その辺は魔法学院での研究テーマにもなるくらいで、あてずっぽうに言ったのと同じくらいしか当たらないと、証明されてる。


 ただこの情報を神殿が広めることはないから、一般の人はまったく知らない。

 しかも世間じゃ神殿の方が信頼されてるから、魔法学院が言っても無駄だったりする。


 ――どうぞ神様、神殿の連中に天罰をお与えください。


 神殿に天罰が下らないなんて、絶対に不公平だ。


「お父様、どなたかに確かめに行って頂いた方がいいのでは?」

「そうだの……おお、そうだ!」


 素晴らしいことを思いついた、領主さまのそんな顔。

 そして嫌な予感。


「そこな魔導師殿、頼まれてくれぬか? コトは秘密に運ばねばならぬから、騎士団を派遣するわけにも行かんのでな。その点魔導師なら、諸国を旅するのは普通ゆえ、疑われずに済む」

「そりゃそうですけど……」


 魔導師はよく、研究のために辺境の方まで行く。

 魔力の高い地が、秘境に多いからだ。

 でも僕は町に住む都会的なタイプで、そういう辺境には……。


「魔導師さん、私からもお願いいたします」

「喜んで!」


 姫様に頼まれた瞬間、僕は即答した。

 姫様の頼みを一瞬でも迷うなんてありえない。

 即断即決で受けて当たり前だ。


「ゲンキンねー」

「何言ってるんですか、国の一大事なんですよ!」


 力説する僕を、イサさんはにやにやしながら見てる。なんでだ。

 ただここで、話は思わぬ方向へ転がった。


「魔導師さん、ありがとうございます。――イサさん、あなたも頼まれていただけませんか?」

「へ? あたし?」


 さしものイサさんが、キョトンとした顔になる。

 姫様すごい、姫様偉い!

 おばさんを打ち負かすなんて、さすが姫様だ!

 イサさんが口を開いた。


「買い被ってくれるのありがたいけど、あたし何にもできないわよ? 字も読めないんだから」

「でも、イサさんには知恵がお有りですわ」

「知恵ねぇ……?」


 姫様の言い分には、僕も僭越ながら疑いを持つしかない。

 でも姫様の願いを、断る方がありえない。


「イサさん、姫様の頼みです、行きましょう! 僕が手伝いますから」

「そぉ? 雑用やってくれる?」

「はい!」


 勢いよく答えてから、しまったと思った。

 僕は今、悪魔と契約しなかっただろうか?


 イサさんが姫様に向き直る。


「そしたら、私も行きます。ただ誰か、護衛は付けていただけませんか? 私と彼だけじゃ不用心なので」

「もちろんですわ。――ねぇ、父上」


 姫様の花のような笑顔に、領主様がにこにこと頷いた。


「騎士団から誰か選んで、護衛に付けさせよう。馬なり馬車なりも用意するぞ。もちろん、報酬も払う」

「ホントですか? 報酬があるならこのスタニフ、命に代えても!」


 こうして、僕らの派遣が決まった。

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