50:行方不明の大事なモノ
「また何日も待たされたら、困るんだけど。だいいち頼むのあなたじゃなくて、私でしょ」
どうやらイサさんは、僕に貸す気がないらしい。
困った。
僕がこれを使った方がずっと早いのに、そういう合理性が分からないんだろう。
どうしたものかと僕が思案してると、領主が後ろから覗き込んだ。
「面白いな。私も使ってみたいのだが」
「どうぞ」
あっさりとイサさんが、ソロバンなるものを差し出した。
ひどい。扱いが僕と違いすぎる。
領主さまが嬉しそうに受け取って、はじき始めた。
「ほうほう、これは楽だの」
「でしょー」
イサさん、友達に話しかけるみたいだ。仮にも相手は領主様なのに。
と、イサさんが僕の手元を覗き込んだ。
「ねぇこれ、麦のことよね?」
イサさん、この頃ここの文字を少し覚えたらしい。
だから読んでは子供みたいに訊いてくる。
「そうですね」
麦はしょっちゅう使うせいか、いちばん早く覚えた。
「でさ、こっちは金額の印よね?
「そうですね」
こういう記号も単純だから、イサさんすぐ覚えたらしい。最近はけっこう、区別がついてる。
ただ、次に言われたことは予想外だった。
「ねぇここ、確か麦がどのくらいあるかでしょ? なんで金額なの? この国、重さで書くんじゃなかったの?」
「えっ……!」
言われて驚いて、手元の書類を見る。
確かに重量じゃなく、金額になってた。
というか今、そう訊かれて教えた。
イサさんが不思議そうに言う。
「麦って値段が上がり下がりするじゃない。だから金額決まらなくて、量の時は書かない、って言ってなかった?」
「ええ、だからふつうは重量で書くんですが……」
どう考えてもおかしい。
「麦がどうかしたのか?」
不穏なものを察したんだろう、話に首を突っ込んできた領主さまに、僕は説明した。
「なんと……それは大変なことだ。おかしすぎる」
それですぐ城の倉庫が検められて――大変なことが発覚した。
麦が足らなかったのだ。
その年にどのくらい麦が取れて納められたかは、あたりまえだけど記録されてる。
そしてどのくらい持ち出したかも記録されてる。
けどその記録が途中から、金額になってた。
「金額はあってるわけ?」
「麦が上がりましたからね。でも本当だったら、もっと量があるはずです」
つまり誰かが、差額の分をちょろまかしてる。
もっともこんなことが出来る人間は、ものすごく限られてる。というか、会計係くらいだ。
――幸い捕まってるけど。
そういう意味じゃこれ以上、ちょろまかされることはないだろう。
神学を学んでるくせに、悪事なんか考えるからだ。
僕みたいに神の教えに従って清廉潔白に生きてれば、何の問題もないのに。
あとの問題は、その麦かお金が、どこへ行ったかだった。
「着服かなぁ?」
「それがいちばんありそうだの。信頼しておったのに」
そう言ったのは領主だ。
領主、この間の騒ぎで、すっかり神殿というか神職を信じなくなったらしい。
「どこへ持ち出したか、調べれば分かるんですか?」
「ふだんと違う者が出入りしてれば分かるが……。ただそういう者がいれば分かるゆえ、正規の業者に売ったとしか思えん」
こうなるとお手上げだ。あとは会計係の財産を差し押さえるくらいしかない。
すぐに騎士団が会計係の館へ向かった。
でも夜になって戻ってきた騎士団長は、ため息をつきながら言った。
「館はほぼ空っぽだった」
言うにはふだんからある家具や日用品だけで、それこそ石畳まで剥がして調べたけど、何も出てこなかったそうだ。
「とっくにどこかへ隠したとか?」
僕が言うと、イサさんも頷いて続けた。
「神殿とかに、持ってっちゃったとかないの? ほら、助祭長の件もあったし」
「ありえますけど……神殿はさすがに、立ち入って調べられないですから」
神殿は昔から、王や領主からは独立だ。
「神が人に指図されることは、あってはならない」、そう聖典に書いてある。
実際こうじゃないと、王や領主が暴走するのを止められない。
まぁ各地の魔法学院じゃ、その神殿が暴走したときに止めるところがないのは問題なんじゃないかって、言われてたりもするけど……。
ともかく何かがすごくキナ臭いのに、何も手がかりがない。
その状況を打破したのは意外にも、姫様が持ってきた話だった。




