49:僕に恵みを
「ソロバン手に入ったわよー、ってあら、領主さま」
イサさん、そんなに大きい声で言わなくても聞こえてます。
っていうかいきなり開けるのマナー違反です。
でもイサさんはおばさんだから、そんなの当然お構いなしだ。
「領主さま、こんなとこでどうなさったんです? そこのボウヤが何か不正でもしました?」
「してませんってば!」
ホントに油断も隙もない。
おばさんたちの言いなりになってたら、僕が極悪犯になってしまう。
冗談じゃない。
そんなことになったらお城に居られなくなって、姫さまからも嫌われちゃうじゃないか。
けど僕のそんな苦悩を、イサさんは気にも留めなかった。
「なんだ、してないの。つまんない」
「つまんないって言われても。それより、何が手に入ったんですか?」
僕が凶悪犯にされないうちに、急いで話題を逸らす。
案の定、イサさんが引っ掛かった。
「あぁこれ? ソロバン」
そう言って僕に、木枠の中に動く珠が嵌ったものを振ってみせる。
シャカシャカと小気味いい音がした。
「これ、どうするんです?」
「計算するの」
「計算って……イサさん、これの計算できるんですか? 難しいですよ?」
言ってから、しまったと思った。
イサさんが一番高い山の上の雪みたいに冷たい目で、僕を見てる。
「失礼ね、出来るわよ。っていうか、こないだ手伝ったでしょ」
そういえばそうだった。
最初は数字が読めなくて書いてあげたけど、そのあとなにやら自分で対応表作って、ごちゃごちゃやってたっけ。
――めちゃめちゃ遅かったけど。
なんだかシンホーが違うとか言って、イサさんやたら手こずってた。
だから出来ないんだと思ってたのに。
「まったく、ここったらダース計算なんだもの、面倒でしょうがないったら。だから、これ作ってもらったの」
そう言ってイサさんはまた、シャカシャカと手にした物を振った。
「どうやって使うんです?」
「こうするの」
イサさんが木枠を傾けて全部の玉を片方に寄せ、そのまま机の上に置いた。
そして数字を見ながら、玉を動かし始める。
「あー、なるほど」
要は計算板だ。
僕らが使ってるのは板に線を引いて、その上に平たくて丸い石を置いていくやつだけど、それに近い。
「こうしてこうして、ここでジュウイチだから、次は繰り上がって……」
イサさんがそう言いながら最初の軸の玉を全部下げて、隣の軸の玉をひとつ上げる。
――すごい。
計算板と違って玉がどこかへ行ったりしないし、隣の線の上へ石を動かす手間もない。
これならかなりの速度で、計算できるはずだ。
「便利ですね」
「便利よー。あたしの国だともうちょっと改良されたのがあるけど、ここシンホー違うから、このほうが楽」
相変わらずこの辺は、何を言ってるか分からない。
分からないけど、これを使えば計算が楽なのは確かだ。
本当におばさんというのは侮れない。
人を振り回すことしかしないのに、妙な物をたまに作り出す。
これで黙っててくれるなら、最高なのに。
けど絶対そんなことは言わない。
言ったら僕のヘンな噂を、姫様に吹き込むかもしれない。そんなのはゴメンだ。
イサさんに気付かれないように笑顔を作って、言葉を出す。
「それ、使わせてもらえますか? すごく便利そうなので」
女の人は褒めるに限る。父さんの教えだ。
そしてだいたいの場面で、これは成功してる。
父さんの教えはいつでも役に立つ。
イサさんの返事も、今回はだいたい父さんの教え通りだった。
「いいけど、あたしのなくなっちゃう。困るんだけど」
「また作ってもらえますよ。僕が頼んでおきます」
女の人は怖いから、必ず代わりの物を差し出せ。
父さんはそう言ってた。
だから代わりの物をちゃんと出す。
ただ今度は上手くいかなかった。




