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47/59

47:それはあってはならないモノ

「馬鹿にしおって――!」


 そしていきなり刃物を取り出して、イサさんを人質に取る。

 きゃぁっというご婦人がたの悲鳴に、部屋の扉が勢いよく開けられた。

 万一に備えて隣室に控えてた騎士たちが、踏み込んでくる。


 でも彼らも、イサさんが捕まったうえ刃物を突き付けられてるのを見て、動きを止めた。


「さぁ、そこを開けろ! でないとこの女を殺すぞ!」


 ――何とかしなきゃ。


 でも魔法はどれも準備がいるし。

 持ってるのは例の水晶玉だけだし。


 あとはせいぜい燭台で光ってる蝋燭代わりの魔法の水晶とか……あぁこんなことなら父さんの教え通り、何か準備してくるんだった。

 でもまさか助祭長がこんな暴力沙汰なんて、想像もしなかったわけで……。


「――あなたってヒマねぇ」


 場違いなくらい冷静な声。

 見れば人質のはずのイサさんが平然とした顔で、首をめぐらせて助祭長に話しかけてた。


「こんなことしてる間に、魔法の練習でもすればいいじゃない」


 この期に及んで、何言いだすんだこの人は。

 おばさんの神経がふつうと違うのはよく知られてるけど、この状況で自分に刃物突き付けてる相手に話すなんて、聞いたことがない。


 イサさんの話は続いてた。


「ジョサイだかなんだか知らないけど、ちゃんと役職勤めてればお給料あるんだろうし、そのうえで魔法やるなら、身分安定で万々歳でしょ」

「そ、そういう問題じゃない!」


 助祭長がさらに怒る。まぁ気持ちは分からなくもないけど。

 そのとき視界の隅で、何かが動いた。


「え……」


 助祭長が背にしてるテーブルの上。

 ひらりと布が舞って、白くて細い足が見えて――細い手が燭台を振り上げた。


「ひ、姫さまっ?!」


 げいん、っていういい音がして、助祭長の頭に燭台がクリーンヒット。

 さすがに致命傷じゃなかったみたいだけど、ショックで腕の力が緩む。

 瞬間、こんどはイサさんが動いた。


「い、いたたたたたっ!」


 助祭長の悲鳴が上がる。よく見ると助祭長の腕に、イサさんが思いっきり噛みついてた。

 これじゃぁまるで、野生の獣だ。


 とはいえ、あんなに噛まれたら痛いわけで。

 助祭長が耐えかねて、イサさんを振り払う。


「みなさま、加勢を!」


 透き通った声が響いた瞬間、僕は信じられないものを見た。

 助祭長に駆け寄ったご婦人がた、お盆やお皿ではたいて殴ってる。


 そしてたまらずしゃがみこんだ助祭長を、今度はドレスの裾をたくし上げて、踏む、蹴る、蹴飛ばす……。

 挙句の果てにテーブルの上に座ってる姫さまが、そばにあったポットを取って、助祭長にお湯をかけるありさまだ。


「た、たすけてくれぇ……」


 助祭長の哀れな声がしたけど、僕らは誰も動けなかった。

 目にしたものがあまりにも現実離れしてて、なによりぜったいに信じたくなくて、頭が真っ白になってた。


「そこの男ども、何してんのっ!」


 イサさんの怒声で我に返る。


「荒事は本職でしょっ! 捕まえなさいっ!」


 騎士たちが助祭長に殺到して、彼はめでたくお縄になった。




 助祭長が捕まって半月、僕はまだお城にいた。


 あの助祭長、経歴がほぼ予想通りだった。

 地方の貧しい農村に生まれて、初等学校へ行ったときに魔力があるのが分かったんだとか。

 それで近くの魔導師養成学院へ送られ、ずっと勉強してたっていう。


 ただ僕が指摘した通り、魔導師として独立するほどの力はなかった。

 なので転進して神学校へ行き、そこからアカデミーに進んだんだそうだ。


 ――何が不満だったんだろう?


 彼が言うには、僕みたいなのが魔導師をやってることそのものが、憎らしかったんだとか。


 でも僕に言わせれば、学院にさえ「もう教えることがない」と追い出されてあんな師匠のところで見習い生活をするより、ずっとマシじゃないかと思う。

 というか、僕の代わりにあの生活をやらせてあげたい。


 ともかくそんなふうに考えてた助祭長は、ある日「救いを求めて」神殿に来たという、他国の人に会った。

 そして話を聞いているうち、この国を変えたほうがいい、と思ったんだとか。


 それからは神の教えを自己流に解釈しては、領主様なんかに吹き込んで、国が自分の思い通りになるようにしてたらしい。


 ホントに神職の風上にも置けない。

 まぁもう、失職したからいいけど。

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