47:それはあってはならないモノ
「馬鹿にしおって――!」
そしていきなり刃物を取り出して、イサさんを人質に取る。
きゃぁっというご婦人がたの悲鳴に、部屋の扉が勢いよく開けられた。
万一に備えて隣室に控えてた騎士たちが、踏み込んでくる。
でも彼らも、イサさんが捕まったうえ刃物を突き付けられてるのを見て、動きを止めた。
「さぁ、そこを開けろ! でないとこの女を殺すぞ!」
――何とかしなきゃ。
でも魔法はどれも準備がいるし。
持ってるのは例の水晶玉だけだし。
あとはせいぜい燭台で光ってる蝋燭代わりの魔法の水晶とか……あぁこんなことなら父さんの教え通り、何か準備してくるんだった。
でもまさか助祭長がこんな暴力沙汰なんて、想像もしなかったわけで……。
「――あなたってヒマねぇ」
場違いなくらい冷静な声。
見れば人質のはずのイサさんが平然とした顔で、首をめぐらせて助祭長に話しかけてた。
「こんなことしてる間に、魔法の練習でもすればいいじゃない」
この期に及んで、何言いだすんだこの人は。
おばさんの神経がふつうと違うのはよく知られてるけど、この状況で自分に刃物突き付けてる相手に話すなんて、聞いたことがない。
イサさんの話は続いてた。
「ジョサイだかなんだか知らないけど、ちゃんと役職勤めてればお給料あるんだろうし、そのうえで魔法やるなら、身分安定で万々歳でしょ」
「そ、そういう問題じゃない!」
助祭長がさらに怒る。まぁ気持ちは分からなくもないけど。
そのとき視界の隅で、何かが動いた。
「え……」
助祭長が背にしてるテーブルの上。
ひらりと布が舞って、白くて細い足が見えて――細い手が燭台を振り上げた。
「ひ、姫さまっ?!」
げいん、っていういい音がして、助祭長の頭に燭台がクリーンヒット。
さすがに致命傷じゃなかったみたいだけど、ショックで腕の力が緩む。
瞬間、こんどはイサさんが動いた。
「い、いたたたたたっ!」
助祭長の悲鳴が上がる。よく見ると助祭長の腕に、イサさんが思いっきり噛みついてた。
これじゃぁまるで、野生の獣だ。
とはいえ、あんなに噛まれたら痛いわけで。
助祭長が耐えかねて、イサさんを振り払う。
「みなさま、加勢を!」
透き通った声が響いた瞬間、僕は信じられないものを見た。
助祭長に駆け寄ったご婦人がた、お盆やお皿ではたいて殴ってる。
そしてたまらずしゃがみこんだ助祭長を、今度はドレスの裾をたくし上げて、踏む、蹴る、蹴飛ばす……。
挙句の果てにテーブルの上に座ってる姫さまが、そばにあったポットを取って、助祭長にお湯をかけるありさまだ。
「た、たすけてくれぇ……」
助祭長の哀れな声がしたけど、僕らは誰も動けなかった。
目にしたものがあまりにも現実離れしてて、なによりぜったいに信じたくなくて、頭が真っ白になってた。
「そこの男ども、何してんのっ!」
イサさんの怒声で我に返る。
「荒事は本職でしょっ! 捕まえなさいっ!」
騎士たちが助祭長に殺到して、彼はめでたくお縄になった。
助祭長が捕まって半月、僕はまだお城にいた。
あの助祭長、経歴がほぼ予想通りだった。
地方の貧しい農村に生まれて、初等学校へ行ったときに魔力があるのが分かったんだとか。
それで近くの魔導師養成学院へ送られ、ずっと勉強してたっていう。
ただ僕が指摘した通り、魔導師として独立するほどの力はなかった。
なので転進して神学校へ行き、そこからアカデミーに進んだんだそうだ。
――何が不満だったんだろう?
彼が言うには、僕みたいなのが魔導師をやってることそのものが、憎らしかったんだとか。
でも僕に言わせれば、学院にさえ「もう教えることがない」と追い出されてあんな師匠のところで見習い生活をするより、ずっとマシじゃないかと思う。
というか、僕の代わりにあの生活をやらせてあげたい。
ともかくそんなふうに考えてた助祭長は、ある日「救いを求めて」神殿に来たという、他国の人に会った。
そして話を聞いているうち、この国を変えたほうがいい、と思ったんだとか。
それからは神の教えを自己流に解釈しては、領主様なんかに吹き込んで、国が自分の思い通りになるようにしてたらしい。
ホントに神職の風上にも置けない。
まぁもう、失職したからいいけど。




