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46:天才、とは

「まだアカデミーにも行けないような子供が、私に説教をするのか!」

「アカデミーなら行きましたよ」


 ガチャン、と音がした。誰かがカップを取り落としたらしい。

 お茶のシミは、落とすのが大変なのに。

 ご婦人の一人が訊いてきた。


「アカデミーは、あなたくらいの年から入るのではなくて?」

「ふつうはそうですね。でも僕は飛び級が多かったんで、十一で入りました」


 アカデミーっていうのは、いちおう最高学府だ。

 一般の学校の過程を終わった後、神学校も終えて、それから行くことになってる。


「アカデミーって何年行くの?」


 好奇心満々って顔でイサさんが訊いてくる。

 おばさんって種族はたいていそうだけど、ホントになんでも知りたがる人だ。


 でもそういう好奇心が命取りになるって、父さんは言ってた。

 だから僕はいつだって、堅実な道を歩んでる。

 歩んでるはずなのに不幸が向かってくるのが、ちょっと謎だけど。


「アカデミーは通常五年ですよ。あとその上にハイクラスがあって、こっちは二年です。僕は両方終わってますけど」


 バタン、って音がした。今度は助祭長が聖典を取り落としたらしい。

 大事な聖典を落とすなんて、ホントに神職に向いてない人だ。すぐに辞めればいいのに。

 姫さまが不思議そうに言う。


「でもあなたは、神職ではなくて魔導師でしょう? でしたらなぜアカデミーに?」


 姫さまにしては珍しく、文法が微妙におかしい。

 でも姫さまにだってそういうことはあるはずだし、疑問自体は持って当然なものだ。

 だから僕はちゃんと答えた。


「神との契約は魔法の基礎なんです。その辺から始めて世界がきちんと理解できてないと、本当の意味で魔法は使えません。幸い僕は早いうちにそのことに気付けましたから、アカデミーで神学を全部学んで、そのあと魔導師養成専門のセルベル魔法学院に入ったんです」


 正直あのときは失敗したと思った。

 というのも学院じゃ、同級生が小さい子供ばっかりだったからだ。


 こんなに小さいころから魔法を学ぶんじゃ、追いつけないんじゃないかと思った。

 でも神学校やアカデミーでも魔法の基礎はやるし、人を癒す魔法なら、魔法の素質がある場合は実践もする。


 あと、魔法理論の元になる世界の構造をアカデミーできちんと学んでたのが、最終的に大きかった。

 何とか三年で卒業できたのは、ぜったいにそのおかげだ。


 魔法学校でも聖典は学ぶけど、アカデミーほどにはきちんとやらない。

 あれが大事なのに。


 こういう基礎的なことをおろそかにするから、魔法学校に十年以上いるのにロクな魔法が使えない人が多いんだと思う。

 目の前の助祭長みたいに。


「き、きさまみたいな苦労知らずのガキが、なにを偉そうに! 私は苦労してアカデミーに入って――」

「分かりますよ?」


 面倒だから助祭長の言葉をさえぎって、僕は言うべきこと、ただの事実を言った。


「僕も見習いとは言え魔導師ですから、あなたに魔力があること自体は分かります。そのくらいの魔力だと、どこかの学院には行ってますよね? けど、魔導師として独立する程度ではないし、仕官するにも不足でしょうから、アカデミーに入り直して神学の道を選んだ。違いますか?」


 よくあるコースだ。でもいいと思う。素質に左右される魔導師と違って、神職は万人の道だ。

 地道に学んでそういう堅実な道を選ぶことこそが成功のコツ、って、父さんはいつも言ってた。


 その意味じゃ魔導師なんていう堅実とは言い難い職を選んでしまった僕は、あんまりいい息子じゃない。

 どうにも運が向かないのは、そのせいかもしれない。


 そうは言っても、魔法の道を諦めることができないんだから困りものだ。

 姫さまが言った。


「魔導師さんって、天才でしたのね」


 ありがとう姫さま、褒めてくださって!

 でも残念ながらこの言葉は、すごくよく言われる勘違いだ。


 だから悲しいけど、本当のことを説明しないといけない。

 嘘はよくない。


「僕は天才じゃありません。天才っていうのは、学ばなくてもできる人のことですから。僕はこれだけ学んでもまだこの程度、天才というには程遠いです」


 僕も天才だったらいいのに。

 伝説の魔導師ヴレトブラッドなんか、子供のころから誰にも教わらなくても、大規模な陣を敷いて魔法を使ってたっていう。


 でもそんなこと、僕にはできそうもない。悔しい。

 ため息をつく僕の前で、助祭長の顔色が青に、そして赤に変わった。


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