45:聖典とボクと助祭長
「ってことは、その神殿、怪しいわよね?」
「戦争を暗示させるような麦の値上がりと、戦争を暗示して寄進を募る神殿、の組み合わせですからな。十分怪しいかと」
「そうでなくても、聖典に違反しているというのなら重罪では? 調べても損はないかと」
イサさんと渋騎士、それに縦長おばさんの意見が一致する。
「だが、どうやって調べますかな? 神殿は我ら騎士の権限さえも、及ばぬ場所ですぞ」
「それでしたら、私めが」
縦長おばさんが薄く笑う。
「あたしにもやらせとくれ。人手は多いほうがいいだろうからね」
厨房おばさんも、にやりと笑った。
「ですから神は――」
半月ほど過ぎたある日、僕はまたお茶会の席にいた。
ただし今日は、ちょっとだけメンバーが違う。
「では神は、私たちの過ちをお許しくださいませんの?」
「いえ、そんなことはありません。聖典には、次のように書かれています」
説法してるのは、例の寄進を募ってる神殿から来た、助祭長だ。
――来ないほうがいいのに。
ミセス・メルバリとミセス・ペーデルは、おばさんの中でもいちばん怖い部類だった。
なんと寄進のことを聞きたいと、こともあろうに神殿に遣いをやったのだ。
しかも寄進の案を出したのが助祭長だってことを、あの手この手であっと言う間に調べあげてしまった。
それにしてもこの助祭長、本当に神職の風上にも置けない。
聖典をちゃんと覚えられないなんて、アカデミーに入りなおして、一からやり直すべきだ。
憤慨する僕に、「お茶会に招いて話を聞こう」と提案したのは、イサさんだった。
「その人、例の夜会にいた? なら、思い当たるんだけど」
そう前置いて言うには、夜会の席で自分たちを睨みつけてる、おかしな中年オヤジがいたんだって言う。
そしてイサさんが言う特徴というか服装――おばさんって種族なのにちゃんと覚えてた――をみんなで聞いたら、神職のものだった。
イサさんはこっちの世界の神職を見たことないから、わからなかったらしい。
さらにこれを聞いた姫さまが、「そういえばお父様が意見を変える前に、神殿へ行ってきた」と言いだし、他のご婦人がたまで「うちの主人も」と言いだして、大騒ぎになった。
そんなわけでその助祭長をお茶会に招く話にみんなが賛成して、今に至ってる。
「そういえば助祭長様、お教え願いたいことがあるのですけれど」
姫さまが思い出したふうに言った。
「何なりと。神の名においてお答えします」
聖典を片手にそう答える助祭長は、歳は四十そこそこ。
髪は金茶で目はダークグリーン。
神職特有の帽子をかぶってるから、頭のてっぺんが薄いかどうかはよくわからない。
姫さまが尋ねる。
「父が、麦の刈り入れ時なのに、畑の中の橋より神殿近くの橋の修繕を優先すると。助祭長様はどうお考えになりますか?」
「聖典の中には、『神との対話、神への仕事を常に優先せよ』とあります。ですから、理に叶っているかと」
聞いてて、やっぱり腹が立ってきた。
僕も聖典は知ってるけど、そんなこと書いてない。だから言う。
「助祭長、それ、聖典は聖典でも神官用の『神と、神に仕えるものとの契約』の、第一章第二項第五節ですよね?
一般信徒用の『神と、神に従うものの契約』には、第一章第四項第三節に『神と常に対話せよ』とはありますが、神への仕事については第一章第五項第九節に、『日々の仕事が神への仕事であることを、日々忘れぬようにせよ』とだけあったはずです」
なぜか部屋が静まり返った。
僕は構わず続ける。
「それからいま言った『神と、神に仕えるものとの契約』には、第五章第一項第三節に、『神に仕えるものが、従うものたちの仕事に細かく口を出してはならない。出してよいのは、そのものが道を踏み外すときだけである』と規定されていたはずですけど。
そして道を踏み外すというのは、その選んだ選択肢によって損害を蒙る者のほうが多いとき、とも定義されていたはずです。
この解釈について聖戦はときに意見が分かれますが、今回の橋については利を得るもののほうが多いと思われますので、定義から外れるはずです」
なぜかみんなが、唖然として僕を見てた。
ただ、イサさんだけは妙に楽しそうだ。
まぁこの人はクイーン・オブ・おばさんなうえに異世界の人だから、こういう聖典が物珍しくてもしかたない。
さらに続ける。
「以上より助祭長のお考えは、助祭長こそが『道を踏み外した』として報告されるべきたぐいのものです。すぐご訂正を」
「わ、若造が偉そうに何を言う!」
どういうわけか、助祭長が怒りだした。
僕はただ、聖典にあるとおりを言ってるだけなのに。
そもそも聖典の内容に対して助祭長が怒ったら、神職失格だ。




