43:救世主は白馬に乗って?
「意中の相手が誰かと恋仲なら、浮名を流して裂こうと思う方も、いるでしょうけどねぇ」
「でも姫さまとなんて噂、流すだけ無駄じゃありません? 魔導師さんが姫さまと恋仲というわけでもなし」
「だからあたし、誰かに好かれたって路線はない、と思うわけ」
「同感ですわ」
――誰かこの、僕の壊れて傷ついた心を癒してください。できれば姫さまがいいです。
でも、そんな白馬の女性は現れなかった。
「ともかくそういうわけだから、別の理由で嫌がらせしてるか、姫さまあたりに汚名を着せたいか、だと思うのよね。ただ噂を流してるのが男の人だとしたら、姫さまに汚名着せようと思うかなぁ……」
汚名って何だと。
なんで僕がそんなに汚れてるんだと。
そりゃたしかに、姫さまと釣りあう地位じゃないけど。
というか姫さまのことは好きだけど、誓って僕は何もしてない。
そして何もしてない事実に気付いて、また悲しくなった。
おばさんたちの井戸端会議は続いてる。
「男の方でしたら、それはないと思いますわ。万一自分が流したと知られたときに、城詰めの騎士たちを敵に回してしまいますもの」
「彼らを敵に回したら、それこそ命が危ういですものねぇ」
領主様はあんなだけど、この領地の騎士――つまるところ夕食の肉を人質に取られたアレ――は、じつは勇猛果敢だ。
理由はきっと、あんな綺麗でしとやかで慈悲深い姫さまに、忠誠を誓ってるからだと思う。
そんな彼らが姫さまを冒涜されたと知ったら、きっと骨のかけらも残さないだろう。
――って待て。
怖いことに僕は気付いた。
「もしかして僕、すごく危なかった……?」
「そーねー」
他人事みたいにイサさんが言う。
「でもまぁよかったじゃない、騎士さんたちの誤解は解けて。城のお歴々の誤解は残ってそうだけど」
「え……」
それはまずい。
城のお歴々って言ったら、領主様とはいちばん親しい人たちだ。
そこに、僕が姫さまを籠絡しようとしたなんて噂が流れてたら、僕は――。
「城から、退去……?」
「そうなるかもしれませんねぇ」
あっさりとご婦人の一人が肯定した。
「本当かどうかはともかくとして、姫さまを篭絡しようとしたなんて話を聞いたら、ねぇ」
「領主様、姫さまのことは本当に大事にされてますものね」
口々に言われて、背中を冷たいものが伝う。
「ど、どうしよう……」
「それこそ、汚名を晴らすしか」
「そんな……」
相手もわからないのに、そんなことができるわけがない。
そのとき、縦長おばさんが慎重な面持ちで言った。
「――もしかしたら、わかるかもしれません」
救世主だ。
白馬に乗ったおばさんが、僕を助けに来てくれた!
縦長おばさんが続ける。
「この城の侍女たちに聞けば、何か分かるかと。それにこの件、どうにも噂の出どころが気になるので、調べておきたく存じます」
「あたしも賛成。さっきの領主が意見翻す件といい、なんかすごく気になるのよね」
姫さまがうなずいた。
「イサさんとミセス・メルバリの二人が同じ意見なら、調べるべきでしょうね。ミセス・メルバリ、お願いできるかしら?」
「お任せを」
縦長おばさんが一礼する様は、どんな騎士より頼もしく見える。
厨房おばさんも横から口を挟んできた。
「なら、厨房周りは任せとくれ。出入りの業者たちなんかに、それとなく聞いてみるさ」
厨房おばさん、体つきも相まって、頼りがいがあることこの上ない。
そんな一連を見ていた、ご婦人の一人が言った。
「私も、うちの女中頭に調べさせてみようかしら。召使いたち、噂話が好きですし」
「でしたら私も。人数が多いほうが、きっといいですもの」
おばさんたちすみません。今までごめんなさい。
これからは神様じゃなくて、おばさんたちに祈りをささげることを検討します。
「あなたたちも当然、協力するわよね?」
イサさんが生贄騎士に向って言った。口調は疑問形だけど、拒否権はなさそうだ。
おばさんたちの視線の中、彼が頷いた。
「ぜ、全力で協力させていただきます……」
ここで協力しなかったら夕食の肉が無くなるから、彼もかなり必死だ。
「働きが悪かったら、分ってるだろうね」
「も、もちろんです」
厨房おばさんに睨まれていい気味だ。
その日はそれで、お茶会はお開きになった。




