42:タスケテ神様
「ここの誰も知らないってことは、噂好きの侍女も知らない、って考えていいわよね」
「そうですわね。そうでなければ、さすがに誰か聞いているはずですわ」
ご婦人がたがうなずいた。
「一方で旦那さんが知ってたってことは、男の人の間には広まってる可能性があるわよね」
「そうなりますわ」
「でも、あたしはそれ、ないと思うの」
みんながきょとんとする。
「今、広まってる可能性があると、ご自分でおっしゃっていませんでしたか?」
「言ったわ。でも本当に噂として広まってるなら、侍女たちが知らないなんてこと、あるかしら?」
たしかにそうだ。
噂好きの侍女たちは、屋敷のどこにでもいる。
いない場所を探すほうが難しいくらいだ。
そんな彼女たちが、広まっている噂を聞き逃すわけがない。
でも、それがないとしたら、いったい……。
イサさんがこっちを向いた。
「そこの騎士のボク、さっきのスパイの話、どこから聞いたの?」
「ぼ……!」
騎士の顔が赤くなって何か言いかけたけど、そこで口をつぐんだ。
縦長おばさんとイサさん、それに厨房おばさんが睨んてで、夕食の肉が人質だってことを、思い出したんだろう。
軽く深呼吸して、彼が答える。
「少し前ですが、内政の動きがおかしいと団長から言われて探っていたところ、王都からの使いと称して姫さまに近づこうとする、怪しい輩が現れまして」
それを泳がせてたら、他国の人間と接触してるのを見つけたとか。
「で、丁重に城から退去いただきました」
言葉は当たり障りないけど、横顔に浮かんだ笑みからするとそのスパイ、下手すると「この世から」退去したんじゃないだろうか。
彼の話は続いてた。
「それで一刻は静かになったのですが、このところまた、虫が動き出したようで」
そんなとこへ僕が城に来たもんだから、またか、ってことになったらしい。
イサさんが訊く。
「じゃぁあなたたちは、噂を聞いたからってわけじゃないのね?」
「間者を見つけるのも我らの仕事。そんな噂だけでは、我々は……いやその……」
言葉が尻つぼみになったのは、イサさんから「嘘ばっかり」って目で見られたからだろう。
実際さっき、噂で動いてたし。
イサさんが肩をすくめて笑った。
「まぁいいや。ともかく、これで噂の意図は絞れたし」
「そうなのですか?」
不思議そうに訊く姫さまに、イサさんが自信たっぷりに頷いた。
「騎士さんたちは別枠、女性陣は知らない、でも旦那さんがたは知ってる。ならこれ、誰かが意図的に、広めてるんじゃないかしら。それなら辻褄合うでしょ?」
「たしかに……」
「広まる」じゃなくて「広める」なら、広める相手を自分で選べるわけで。
それなら旦那衆だけに広めることだって、できるはずだ。
――やっぱりおばさんだな。
こんなこと、噂好きのおばさんじゃなきゃ考えつかない。
「でも、仮にそうだとして。誰が、何のためにやってるんでしょう?」
姫さまが首をかしげながら――すごく可愛らしいです――誰にともなく言った。
「誰がはともかく、何のためかは分かるわよ」
イサさんの言葉に、ご婦人がたの視線が集まる。
「何のためですの?」
「そこのボクをとっちめるため」
イサさんの言葉が僕の頭に染みるまで、二呼吸くらいかかった。
「とっちめるって、僕は何もしてませんよ!」
濡れ衣だ。
とばっちりだ。
イサさんはおばさんだから何かしたかもしれないけど、僕はぜったいに何もしてない。
けど僕の無実の訴えは、あんまり意味がなかった。
「ヘタレのあなたが何もしてないのは分かるけど、少なくとも内容が、キミに不利よね。
ってことは、相手はキミに対して、好意は持ってないんじゃない?」
「まぁ、そうでしょうけど……」
理屈としては間違ってない。
間違ってないけど、人に面と向かって言う言葉じゃない。
そんなこと言われたら、いくらおばさんが相手でもショックだ。
でもイサさんはおばさんだから、やっぱり気にしてくれない。
「万に一つくらいは、好きすぎてイジワル、って可能性もあるけど。でもその場合、今の状態だとアタックしたほうが早いし」
「ですわね。嫌がらせして裂こうと思うほど、誰かと恋仲というわけでもなさそうですし」
神様タスケテ。
ここが「おばさん」世代の巣窟なのはさっき気付いたけど、ご婦人がたも中身はやっぱり「おばさん」だった。
僕の幻想が崩れてく。
貴婦人って方々だけは、おばさんなんて種族とは違うと思ってたのに。




